ツタンカーメンの墓に隠し部屋が?!科学者が予想するその中身とは?

ツタンカーメン 隠し部屋

画像:lmaga.jp

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エジプトの王(ファラオ)の中で、もっとも知名度のあるツタンカーメン。19歳という若さでこの世を去ったファラオは、1922年にハワード・カーターによって発見されました。埋葬当時のままの状態が保たれた墓として、ツタンカーメン発見は、世界中の注目を浴びました。

その後、「ファラオの呪い」として知られている、発掘関係者が次々と死亡する事件も発生し、ますます人々の好奇心を掻き立てることとなったツタンカーメンの墓。ところが、世紀の発見から90年以上経った今、再びツタンカーメンの墓に注目が集まっています。

その理由は、墓内部に発見された「隠し部屋」。墓の奥に隠し部屋がある可能性が高いとの調査結果が出たのです。一体、その隠し部屋の中には、なにが隠されているのでしょうか?

かつての墓の内部調査では、隠し部屋のある確立は60%とされていました。ところが、英国の考古学者によると、スキャン調査の結果に基づき、現在では90%の確率で、隠し部屋があることを明らかにしました。

英国人の考古学者は「その隠し部屋の中にはもう一つ墓が存在するのでは」と仮説しています。その隠された墓に眠る人物は、恐らくツタンカーメンの義母であった、ネフェルティティ王妃であるとの予想までなされています。

この仮設が正しいものであるとすれば、なぜツタンカーメンの墓に義母の墓があるのか、という新たな疑問が生まれることになります。

実のところ、ツタンカーメンの墓から出土した、神々しい黄金のマスクや「ファラオの呪い」といった事件から、ツタンカーメンは強健で勇猛果敢な王、という先入観を持つ方は多いのではないでしょうか。また、19歳という若さで亡くなったのも、政治的陰謀によるものだとすれば、エジプトで強大な勢力を誇った、非常にやり手の王であったという印象を受けるのも確かです。

しかしながら、事実は意外なほど異なります。実際には、近親婚で生まれたツタンカーメンは、病弱で足が生まれつき不自由だったため、日常的に杖を使って生活をしていました。

9歳で王位に就いたツタンカーメンは、左足の指の一部がない上に、ケーラー病と内反足、そして、てんかんを患っていた、非常に虚弱な王だったのです。政治的陰謀による死だったのかどうかは分かりませんが、ツタンカーメンの直接の死の原因は、マラリアと骨折によるものでした。

そんなツタンカーメンの墓の副葬品の多くは、実は彼名義のものではなく、前ファラオのスメンクカーラーのものが多数存在したことがハワード・カーターの手記にも記されています。

ツタンカーメンの父亡き後、このスメンクカーラーという謎の人物がファラオとして在位します。しかし、その在位期間はたったの数年であり、ツタンカーメンの父親が亡くなった次の年にはこの人物もこの世から去ります。

ツタンカーメンの墓が、実際にはスメンクカーラーの墓に追加した形で作られた墓だったとすれば、隠し部屋のほうが本来の墓であるとも言えるのではないでしょうか。

また、もしもその通りであったとすれば、スメンクカーラーの正体が、幼いツタンカーメンを自ら女性のファラオとなり支えたのかも知れない、義母ネフェルティティである可能性も高いと言えるのかもしれません。

現在のところ、隠し部屋の内部にネフェルティティが本当に眠っているのか、また、ネフェルティティがスメンクカーラーだったのか、まだはっきりと解明された訳ではありません。これからさらに調査が進み、隠し部屋の内部が明らかにされる時を楽しみに待ちたいですね。

参照記事:
mirror.co.uk
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