【実話怪談】これは10年前、まだ中学生だったころに体験した公衆電話にまつわる体験です…

公衆電話 実話怪談 心霊体験 オカルト

画像:MIKI Yoshihito on flickr

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現代ではあまり公衆電話を使う機会はないだろう。携帯電話やスマホの普及からその存在は忘れられている。

しかし、災害や緊急あるいは充電切れの時にはありがたい。

10年以上も昔の話だ。そのころ僕は中学2年で、来年には受験を控えていた。中学生には当たり前のように携帯電話を持たされていた。

ある冬の夜、僕は塾の授業を終えて教室を出た。窓の外は真っ暗だった。塾が終われば親を呼ぶことになっている。親に送迎してもらっていた。夜は危ないから、という理由から子供は大人たちに言われていた。

みんなやっていることだ。だから、授業が終わる頃の玄関には誰かしらの親が待機している。しかし、今日は授業数も少なく教室にいた生徒たちも数人だけだった。

僕は塾の1階の受付近くに設置されたイスに座り一息つこうとした。すると受付から「ごめんね、今日と明日は改装工事で授業が全部終わったらすぐ閉めることになってるの」と事務員は急かすように言った。

僕と数人の生徒たちがみんな玄関の外へ出ると事務員はドアに鍵をかけて内側からカーテンを引いた。生徒たちはみんな親が迎えに来ていたようで、すぐにいなくなってしまった。僕だけが残されたのだ。

僕はポケットから携帯電話を取り出して親に連絡をする。前もって親に連絡をしなかった。いつもなら親が来るまでいつもの仲間と遊んでいるのだが、今日はみんな塾に来なかったようだ。

電話が繋がらない。もう一度かけようとしたが今度は何の反応もない。おそらく充電が無くなったのだろう。僕はよく携帯に充電するのを忘れてしまう。充電が無くなり外で連絡の取れなくなることもたびたびあった。それでよく親に怒られていた。親とは、もし塾の帰りに携帯が使えなかったら公衆電話を使って家に連絡することを約束していた。

僕は、公衆電話を探した。

すると、すぐそばの空き地の隅に小さな電話ボックスが見えた。普段から意識していなかったが、こんなところに電話ボックスがあることにはじめて気付いた。

辺りは真っ暗だ。電話ボックスの中は青白い光が点滅している。不気味な雰囲気はあったが電話をすることにした。とりあえず僕は電話ボックスに入る。財布から小銭を取り出して受話器を外し家の番号を押す。

しかし、電話は繋がらない。反応がないわけではなく、受話器の向こうでザァーザァーという雑音だけが流れている。一度、受話器を置く。しかし、小銭は返金されない。おかしいと思いまた電話をかけるも受話器からは雑音だけが流れてくる。

僕は別の電話ボックスを探そうと外へ出ようとした。しかし、ドアが開かない。どんなに押しても引いてもドアは開かないのだ。真っ暗な夜の電話ボックスの中に閉じ込められたのだ。僕はだんだん怖くなった。親に連絡することもできず、電話ボックスから出ることもできないから。

僕は電話ボックスの中で体を小さくして屈んだ。どうすることもできないこの状況の解決策を考えていた。もう一度、連絡するには小銭がいる。手元に小銭があと1枚だけある。僕は決心して立ち上がり、最後の小銭を入れて家の番号を押し受話器に耳を傾けた。すると…

ザァーザァー ザァーザァー 出して…

ザァーザァー ここから出して… ザァーザァー

声が聞こえた。幼い声が聞こえたのだ。僕は驚き声も出なかった。自分の家に繋がったのではないからだ。僕は一人っ子だから兄弟は居ないし、それに聞いたことも無い声だった。もちろん電話番号を間違えたりはしていない。

ザァーザァー 怖い、怖いよ ここから出してよ…

真っ暗で何も見えない… ここから出して… ザァーザァー

受話器からまた声が聞こえた。僕は冷静になろうとした。そして、恐る恐るその子に向かって話しかけた。「そこはどこ?怖いって何が?君は誰だい?」

ザァーザァー 真っ暗で… ザァーザァー いっぱい飛行機が来て…

家も燃えちゃったよ… 誰も帰らない… ザァーザァー ザァーザァー

僕は自分の耳を疑った。その子は震えて話している。どこに繋がっているのかわからないまま僕は受話器をずっと耳に当て続けた。すると突然、地面が揺れだしたのだ。

それは地震とは違い、地響きのような振動だった。電話ボックスの中で四方に体をぶつける。そしてだんだんと電話ボックスの中が熱くなってきたことに気付いた。それは蒸されるような感覚で、息もできない熱さだった。僕は耐えられず意識が遠くなるのを感じた。

目を覚ますと、僕は病院のベッドにいた。いつの間にか気絶していたようだ。枕元を見ると両親が涙を流しながら僕を見つめていた。両親の話によると、あまりにも連絡が遅いので親が迎えに行ったのだが、姿はなく心配になって辺りを捜索していると電話ボックスの中で倒れている僕を発見した。電話ボックスの扉は開かず、警察と救急車を呼んで扉をこじ開けて僕は救出されたのだ。

しばらくして僕は無事退院することができた。学校へも行き、塾も続けている。普段の生活にすぐ戻ることができた。そして、あの電話ボックスは取り壊されていた。そばの空き地も近々建設工事に入るため塾に行く道はトラックや整備で騒々しくなっていった。

あの子は誰だったのだろうか。僕はあの電話ボックスで起こった体験を大人たちに話していない。幻聴かもしれないから黙っていた。しかし、時々考えるのだ、あの子はなぜ助けを求めてきたのか。

数か月後、僕はすべてを理解した。あの電話ボックスのあった建設現場から数人の遺骨が発見された。話によると、戦時中、ここら一帯は空襲で焼け野原となり多くの人が亡くなったそうだ。その中には防空壕に逃げたが爆撃で扉が歪み、外へ出られなくなり生き埋めにされた人も大勢いたらしい。閉じ込められた状態からは助けも呼べず、飢えと蒸すような熱さに苦しみながら死んでいった人もいるそうだ。

あの電話ボックスはどこに繋がっていたのだろう。僕は、死者の苦しみの叫びを聞いていたのかもしれない。
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