【元祖幽霊船】航海史上最大の謎とされるメアリー・セレスト号事件とは何なのか!?

メアリー・セレスト号事件 幽霊船

画像:jase™ on flickr

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人類の航海史上最大の謎として現代にも語り継がれている「メアリー・セレスト号事件」をご存知でしょうか。

船の乗組員全員が跡形もなく消えてしまったこの事件は、航海史上最大の謎と言われています。そしてその謎は今も解明されていません。

しかし、事件からおよそ130年経ち、ようやくその手がかりが掴めようとしています。

1872年11月にメアリー・セレスト号は、工業用アルコールの詰まった樽およそ1700個を積み、ニューヨークからイタリアのジェノバへ向けて出航しました。乗組員7名と、ブリッグズ船長とその家族(妻と娘)を含めた計10名が乗船していました。
 
出典:jikanryoko.com

約1ヶ月後、ポルトガル沖で漂流していたメアリー・セレスト号が、同じくニューヨークから出航したデイ・グラチア号に発見されました。デイ・グラチア号の船長モアハウスは、メアリー・セレスト号の明らかな異状に気づき、メアリー・セレスト号の船内を調べましたが、そこに乗組委員は誰もいませんでした。

このメアリー・セレスト号事件が注目されるのは、忽然と姿を消した10名の乗組員たちの失踪直前の状況です。船内は荒らされた形跡もなく、食料も水も十分確保されていました。また船自体の故障はなく良好な状態でした。

ただし、メアリー・セレスト号の船内を調べたデイ・グラチア号の乗組員たちが、船内の不審な点を挙げているのも事実です。

彼らの証言によると、船内は水浸しのまま放置され、設置されているはずの救命ボートも無くなっていました。また工業用アルコールの樽は数個破損しただけで、ほぼすべて残されていました。加えて、羅針盤・クロノメーター(経度の測定機)と書類が無いことなど、奇妙な点がいくつもありました。これらの証言から、メアリー・セレスト号の乗組員たちは、航海できるにもかかわらず船を捨てた可能性があるのです。

メアリー・セレスト号事件のこのセンセーショナルな謎は、多くの民衆を注目の的となりました。この奇怪な事件の真相は何なのか、人々の間で様々な憶測が飛び交いました。

事件は、はじめ海賊などの襲撃説が囁かれました。しかし、金銭目的であれば、1700個の工業用アルコール樽がほぼ船内に残されていることと、食料に手をつけていないことは合点がいきません。また、商売敵の嫌がらせという線も、無傷な船と乗組員の失踪は嫌がらせの度を超えています。

次に疑われたのは、船長2人の共謀説です。実は、ブリッグズ船長とモアハウス船長は旧知の間柄で、メアリー・セレスト号の出航前に2人は会食していたことが分かっています。

モアハウス船長はメアリー・セレスト号を助け海難救助料をせしめ、どこかで生きているであろうブリッグズ船長と2人で山分けしたのではないか、というのです。しかし、これも説得力に欠けました。ブリッグズ船長の高潔な人格と海難救助料より船の売却益の方が上回る、という裁判の結果から共謀説は弱まりました。

一番有力視されたのは、「アルコール気化説」です。これはブリッグズ船長が、酒やアルコールを好まなかったため知識に乏しかったことからきています。つまり、破損した樽から発生した靄と臭気に慌てたブリッグズ船長が、爆発の危険性を考慮して全員を守るため救命ボートで逃げた、という説です。

船内が水浸しだったのは爆発を防ぐためにブリッグズ船長が撒いた、羅針盤・クロノメーターを持ち出したのは、救命ボートでも位置を把握するため、と考えられました。また被害を抑えるため燃えやすい書類はすべて捨てた、と解釈できます。

そして、乗組員全員を乗せた救命ボートは、不運にも荒波の飲まれてしまった、という説です。この説も他の乗組員のだれもアルコールの知識が無かったとは考えにくく、説得力に欠けます。

いずれも証拠不十分のため今日まで真相は明らかにされていません。事件から数十年後、未解決のままメアリー・セレスト号は、海に沈められてしまいました。事件は永久に謎のままとなってしまったのです。しかし、およそ130年後の2001年に船の残骸の一部が発見されましたが、それが真相を解く鍵となることを願ってやみません。

発見されたメアリー・セレスト号の画像がこちらです。
 
出典:blogs.c.yimg.jp

参考資料
blogs.yahoo.co.jp
roanoke.web.fc2.com
kijidasu.com
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