日本人だけが今も信じてる!?オオカミに育てられた少女の意外な裏話!!

アマラとカマラ オオカミ少女 インド

画像:Vinoth Chandar on flickr

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みなさんはオオカミに育てられたという少女たちの話を知っていますか。

1920年にインドのジャングル奥地で2人の少女が発見されます。

少女たちをはじめて発見したのは孤児院を運営するジョセフ・シングでした。

アマラとカマラ

ジョセフ・シングは旅の途中である村に泊めてもらうことになります。

そのときに村で奇妙な化け物の存在を耳にします。翌朝になってジョセフ・シングはジャングルの中を捜索します。

そして、ジャングルで暮らす2人の少女に出会うのです。

発見された時の2人は、裸で腰を曲げた四つん這いの姿でした。二足歩行の歩き方すら知らない状態だったのです。

少女たちは、言葉も話せず、獣の生肉を食べて生活していました。その姿はまるでオオカミのようでした。

ジョセフ・シングは少女たちを保護し、自分の運営する孤児院に受け入れることにしました。

なんとか人間らしい生活を取り戻してもらうためジョセフ・シングは奮闘します。

ジョセフ・シングは、2人にアマラとカマラという名前を与えます。

そして、服を着せ、二足歩行を教え、まともな食事を与えました。ジョセフ・シングは2人を人間社会で暮らせるように試みたのです。

しかし、アマラは発見から1年後に病気で亡くなります。

カマラは、二足歩行を覚え、30ほどの単語を習得するようになりましたが、発見から9年後に病気で亡くなります。

オオカミ少女という衝撃的なニュースは、世界中で取沙汰されるようになったのです。

オオカミ少女の真偽

オオカミ少女の存在に疑問視する声がありました。

オオカミ少女の情報はジョセフ・シングの証言(日記)と数枚の写真しかなかったからです。

当時のインドのジャングルは秘境として観光や記者などが簡単に立ち入りできませんでした。

つまり記者や有識者による第三者の確認は一切されていないのです。

またジョセフ・シングの日記には、マラとカマラは鋭い牙と暗闇でも眼がギラギラ光るなどの信じがたいことが記載されていたのです。

これは人間のもつ生物学上あり得ないことでした。

1951年から有識者による本格的な現地調査が行われました。そして、驚くべき結論を導きました。

・アマラとカマラが孤児院にいた事実はある

・2人は言葉を話せなかった

・四つん這いの姿や生肉を好むなどを目撃した人はいない

・ジョセフ・シングは発見者ではなく、2人を引き渡されただけ

・日記に記載されている村は存在しない

・アマラとカマラは重度の障害を持った子供

・写真は2人の死後に撮影された可能性が高い

調査の結果からオオカミ少女はねつ造ということが挙げられました。

​世界ではオオカミ少女の話は都市伝説レベルで語られいます。

日本では未だにオオカミ少女を本物だと信じている人もいるようです。

ジョセフ・シング

この時にジョセフ・シングや妻などの関係者はすでに亡くなっていました。

ジョセフ・シングに悪意があってオオカミ少女をねつ造したかはわかりません。ねつ造事件は許しがたいことです。

しかし、1920年頃のインドでは貧困から親に捨てられた子供たちが路上生活を強いられていたことは事実です。

オオカミ少女が取沙汰された際に多額の寄付金が集まったと言われています。

ジョセフ・シングは、お金を集めて経営難の孤児院を存続させたかったのではないでしょうか。

​孤児院がなくなれば行く当てのない子供たちが出てきます。

子供たちを救うためにオオカミ少女のねつ造を行いお金を集めたとも考えられるのではないでしょうか。

参考サイト:
知識の泉
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