【日本の心霊スポット】八丈島は怨念渦巻く流刑地だった!?火葬場に放置された遺体!!

心霊スポット 八丈島 東京 流刑地

画像:Thomas's Pics on flickr

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八丈島は東京の南方海上に位置する島です。自然豊かな小島と思われる方もいるだろう。しかし、その昔は罪人を島流しに送る流刑地の歴史があることをご存知でしょうか。

罪人たちは島流しにされたことに強い怒りや憎しみを持ちながら亡くなりました。

罪人の怨念は消えることなく八丈島に怪奇現象を起こしていきます。

流刑地

江戸時代に罪人を島流しにする刑罰はありました。島に送り込まれた罪人は餓えに苦しみました。

江戸時代に主食は米です。畑を耕して稲作の労働が求められましたが、島流しされた罪人には知識も道具も無く、適度な土地も与えられません。そのため罪人のほとんどは食糧難による餓死でした。

八丈島にも罪人が送り込まれました。罪人のひとりに関ヶ原の戦いに敗れた宇喜多秀家がいます。豊臣家五大老の宇喜多秀家は、死罪は免れたものの幽閉されたのち島流しとなりました。

五大老まで上り詰めた宇喜多秀家にとって飢えや最愛の妻と離ればなれにされた屈辱は計り知れないものだったでしょう。八丈島にはこうした罪人たちの憎しみや怒りの怨念が渦巻いているのです。

近年には罪人たちの怨念であろう不可解な事件が起こります。

火葬場の人骨

1994年8月11日に八丈島の火葬場の炉から身元不明の七体の人骨が発見されます。警察は、少なくても死後数十年経過している人骨が何者かによって土葬された墓から掘り返されたとみていました。

役場の許可なく勝手に火葬した疑いで捜査が開始されます。しかし、事件は単純なものではなく、不可解な謎に満ちていました。

八丈島には古くから遺体を一度土葬してから一定期間経過後に火葬する風習がありました。これを八丈島では改葬と呼びます。(現在はされていない)

はじめ警察は改葬する費用2万8千円を浮かすために無断で火葬したとみていました。しかし、八丈島の64ヵ所の墓地をすべて調べても荒らされた形跡はなかったのです。

また最後に火葬の炉が使用されたのは6日でした。遺体発見の11日まで鍵は掛けられていたのです。何者かが4日間のうちに合鍵を使って火葬場に侵入したと思われましたが、そこまでする犯人の目的が不明でした。

人骨の正体も犯人の目的もわかりません。調査を進めるなかで近隣住民から火葬場に昇る青白い炎を見たという証言が出てきました。しかし、それ以上の情報はありまでんでした。

人々の間では、殺人事件の被害者の骨が島の外から持ち込まれたのではないか、また戦時中の軍の骨が何者かが偶然発見して弔うために火葬に至ったなどあらゆる憶測を呼びました。

結局、事件は怪奇現象のように解明されることはありませんでした。

火葬場の人骨が罪人たちの怨念によるものなのかはわかりません。しかし、八丈島が飢餓に苦しんだ罪人たちの骨で埋め尽くされているとしたら島全体が心霊スポットと呼べるのではないでしょうか。

​参考サイト:
印象に残った事件
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