神の怒りが探検家を襲う!?チチェン・イッツァの生贄の儀式!?(1/2)

チチェン・イッツァ マヤ文明 聖なる泉 セノーテ 生贄

画像:dronepicr on flickr

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1988年に世界遺産に登録されたメキシコの古代都市チチェン・イッツァ。チチェン・イッツァはマヤ文明の栄えた都市として知られています。ユカタン半島のメリダという地域で栄えました。

チチェン・イッツァの中心は、ククルカンの神殿です。マヤの最高神ククルカンを祀る神殿は、9段の階層に4面に急な階段が設置された四角すいのピラミッド型になります。ククルカンは、羽毛を持つ蛇といわれており、マヤの人々に信奉されていました。

高度な知性と技術で栄えたとされるマヤ文明ですが、同時に神に対する強い信仰も根付いていました。そこには高度な文明を誇るマヤの人々とは、かけ離れた野蛮な儀式もありました。それは人間を生贄に捧げるという残酷な儀式でした。

生贄の儀式

古くから神を崇める儀式は存在していました。人々は神に怒りを鎮めてもらうために供え物を用意しました。動物の肉や木の実などが供えられますが、時には生きた人間が生贄として捧げられることもあったそうです。

マヤの地域でも生贄の儀式が行われていたと言われています。高度な文明を築いた彼らにしては考えがたい事実ですが、彼らにもどうすることのできない問題がありました。それは、闇と雨でした。

マヤの人々は、夜の闇を恐れていました。彼らにとって闇は邪悪そのものでした。太陽が沈んで闇が訪れることは神の怒りに触れたと思ったのでしょう。そこで闇を作り出した神の怒りを鎮める儀式が行われるようになりました。

彼らは儀式で神に捧げる供え物として人間を選びました。犠牲になったのは、奴隷の若い処女や子供たちといわれています。儀式には、生きた人間の心臓が捧げられました。生贄を捧げることが神の怒りを鎮めると信じていたからです。
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