神の怒りが探検家を襲う!?チチェン・イッツァの生贄の儀式!?(2/2)

チチェン・イッツァ マヤ文明 聖なる泉 セノーテ 生贄

画像:dronepicr on flickr

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聖なる泉

もうひとつマヤの人々が恐れていたものがあります。それは水不足です。人々の主食は、とうもろこしや木の実でした。段々畑や水路などの技術を使って作物を栽培していました。しかし、雨が降らなければ、水不足で田畑は育ちません。

そこで雨の神チャクに雨を乞う儀式に生贄を捧げました。当時のマヤの人々は、日照りや水害など自分たちの技術ではどうにもならないことはすべて神に頼るしかなかったのです。

マヤの人々は雨を乞うため若い女性をセノーテに投げ込む儀式を行いました。セノーテとは、地下の鍾乳洞が水没してできた直径60メートルに及ぶ天然の泉のことです。セノーテは「聖なる泉」と呼ばれ、生贄の他にも金銀が投げ込まれました。

これらの生贄の儀式によって彼らの願いが神に聞き入れられたかはわかりません。しかし、マヤ文明は16世紀まで繁栄を続けました。マヤ文明の発展と繁栄の陰には、生贄たちの犠牲が関係していたのかもしれません。
 
出典:Elizabeth K. Joseph on flickr

エドワード・トンプソン

19世紀頃にアメリカの探検家エドワード・トンプソンが現地に伝わる伝承を耳にしました。彼は聖なる泉に眠る金銀に目をつけます。

トンプソンは、チームを組んでチチェン・イッツァの古代都市と聖なる泉を発見します。しかし、チームの中には神の呪いを恐れる者もいました。泉の底に眠る金銀を盗めば神の怒りに触れると思ったからです。

その予感は的中します。土砂を取り去るため用意した浚渫機は原因もわからず壊れます。何日も続く作業の中でメンバーは先住民に襲われ、命を落とす者まで出てきました。そして、トンプソンにも神の怒りが襲い掛かります。

聖なる泉の底からは金銀、刀剣、宝石類、ビーズ、貝殻、石器が発見されました。しかし、それと同時に聖なる泉からは、大量の人骨が現れました。子供から大人まで大小様々な人骨は供え物として捧げられた生贄たちでした。

その異様な光景にトンプソンはめまいと高熱を引き起こし、倒れたそうです。トンプソンは数日間も寝込みますが、幸い意識を取り戻します。

しかし、メンバーの中には、命を落とす者が続出したようです。これは聖なる泉を荒らした神の怒りなのでしょうか。

数千年にも及ぶマヤ文明の歴史の中で多くの生贄が儀式の犠牲になりました。チチェン・イッツァには今も多くの犠牲者たちの人骨が埋まっているかもしれません。

参考資料:
縄文と古代文明を探求しよう!
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