ホラー映画に影響を与えたサイコキラー!!遺体からマスクを作る!?(2/2)

エド・ゲイン サイコキラー ヒッチコック 映画 コレクション

画像:Kryziz Bonny on flickr

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女性殺害

母親の死から9年後の1954年に第一の殺人が行われます。

酒場を営むメアリー・ホーガンが行方不明となります。彼女は、体格の大きい中年の女性でした。現場には、カウンターの内側に大量の血痕とライフルの薬きょうがあるだけでした。

現場に争った形跡はなく、金銭も取られていないことから警察の捜査は難航しました。犯人の動機が分からなかったからです。事件は進展せず、3年の月日を経た1957年に第二の殺人は行われることになります。

雑貨店を営むバーニス・ウォーデンが同じく行方不明になります。こちらもふくよかな体型の中年の女性でした。現場には大量の血痕が残されているだけでした。

ウォーデンは、夫に先立たれていましたが、一人息子がいました。息子は警察に本日付けの領収書を差し出します。その日は、エド・ゲインだけが店で買い物をしていました。

警察がエド・ゲインの家を家宅捜査すると、首無しのウォーデンの死体が発見されました。逆さ吊りにされたウォーデンの死体は、胸部を引き裂かれてはらわたがすべて取り出された無残な姿でした。
 
出典:Murderpedia​

コレクション

エド・ゲインは、2人の女性を殺害しました。しかし、発見された遺体はそれだけに止まりませんでした。部屋の凄まじい光景と異臭は、その他の遺体の数を物語っていたのです。

エド・ゲインは、長年にわたり墓場から遺体を掘り起こしていました。掘り起こされた遺体は、彼の手によって無惨な姿へと変貌します。内臓は遺体から取り出され、人皮は切り刻まれたのです。

遺体は食器や家具に加工され、彼のコレクションの一部となりました。ベッドの柱は頭蓋骨で飾られ、鼻だけが詰まった箱、乳首から作られたベルト、人肉で作られた靴下などが発見されました。第一の事件の被害者メアリー・ホーガンの首は、生前のように化粧を施されていたそうです。

また遺体の皮は切り裂かれていました。椅子の革は人間の皮で、ごみ箱、太鼓、ナイフの鞘に至るまで人皮が施されていました。人皮で作られたチョッキやマスクもありました。

警察の調べで15人の女性の遺体が発見され、すべてエド・ゲインによって加工された後でした。彼は、加工したチョッキやマスクを装着して、人皮の太鼓を人骨のばちで叩きながら満月の夜に歩き回ったといいます。

精神病院

エド・ゲインは逮捕されます。裁判で有罪が下されますが、精神に異常があるという理由で、死ぬまで精神病院に収監されます。そして、1984年に癌による呼吸不全で77歳で亡くなるのです。

エド・ゲインは、以前から墓荒らしや遺体解体、性転換に興味があったと言われています。遺体はコレクションするだけで、カリバリズム(人肉を食べる行為)は否定しています。

女性の遺体に興味を持ったのは、母親に原因があると言われています。母親は異常なほどエド・ゲインを愛しましたが、同時に禁欲生活を強制しました。それが母親の死をきっかけに暴走します。

孤独と母親の言いつけを守ることから逃れられなかったエド・ゲインは、歪んだ願望を求めるようになります。彼は母親を求めたのではないでしょうか。

女性の遺体で作られたチョッキとマスクは、自分が母親になるためだったのかもしれません。また殺害された2人の女性は、亡くなった母親の面影がありました。母親を求めていた彼は、殺してでも手に入れたかったのではないでしょうか。

エド・ゲインは母親を愛していました。しかし、亡くなった悲しみを乗り越えられず、母親の幻影を追っていたのかもしれません。

参考サイト:
殺人博物館
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