上野公園はいわくつき!?歴史的事件現場を見逃すな!!

上野恩賜公園 戊辰戦争 東京大空襲 上野戦争 東京都

画像:keiichiro shikano on flickr

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NHK大河ドラマ『西郷どん』の主人公・西郷隆盛の銅像があるのは東京都の上野公園です。正式には『上野恩賜公園』(うえのおんしこうえん)ですが、通称『上野公園』と呼ばれています。東京都台東区にある上野公園には、博物館や美術館といった文化施設が集まっています。

また敷地内には上野動物園もあります。子供連れの家族や観光客が休日に賑わっている上野公園ですが、実は「いわくつきの場所」という一面もあることをご存知でしょうか。上野公園は、数々の歴史的事件の舞台となった場所でもあるからです。

今回は、上野公園を少し違った角度から紹介します。

上野公園

元々この場所には、三代将軍・徳川家光が江戸城の丑寅(北東)の方角=鬼門を封じるために東叡山寛永寺を建立されていました。その後、明治時代に入った1876年に上野公園として開園します。しかし、開園の8年前は旧幕府軍と新政府軍の戦場でした。

1868年には上野戦争が勃発します。上野戦争とは、戊辰戦争の一つで、徳川家を守る旧幕府軍側の彰義隊と薩摩藩、長州藩が率いる新政府軍との間で行われた戦争です。結果は新政府軍の勝利に終わり、東叡山寛永寺の大部分は焼失しました。上野公園は、旧幕府軍の彰義隊が壊滅させられた地でもあるのです。

さらに第二次世界大戦中の1945年3月10日の東京大空襲により、東京で10万人以上といわれる人々が亡くなりました。通常の埋葬では遺体処理が追い付かないため、空襲で亡くなられた方々の遺体は仮埋葬(土葬)されることになりました。その仮埋葬地として当時の上野公園も使われたそうです。

当時、無数の遺体を埋めた夜の上野公園は「幽霊が出る」と噂もあったようです。仮埋葬された遺体は戦後に発掘されます。発掘された遺体は火葬され、しかるべき場所に安置されています。

まとめ

上野公園は緑豊かなのどかな場所です。しかし、その場所は日本の歴史的事件の現場でもありました。日本の転換期を見届けた上野公園の歴史に思いを馳せるのも良いのではないでしょうか。一歩裏へ回れば、そこには今までと違った側面を知るかもしれません。

参考サイト:
上野恩賜公園
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