ミステリー小説が未来を予言!?人喰いのミニョネット号事件!!(2/2)

小説 エドガー・アラン・ポー ミステリー ミニョネット号事件

画像:Tee Cee on flickr

スポンサーリンク

ミニョネット号事件

『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』が発表された46年後の、1884年にイギリスでミニョネット号事件が起こります。

アフリカ大陸の南端に位置する喜望峰(きぼうほう)沖で、イギリス船籍のミニョネット号が難破します。24日間を海で漂流した後、ドイツ船に救助されるのですが、イギリスに帰還すると乗組員たちは殺人の罪で拘束されてしまいます。彼らは、自分たちが生き延びるために、人を殺めたのです。

事件は、ミニョネット号が難破した後の救命ボート内で起こりました。ミニョネット号から海に投げ出された乗組員は、船長と船員2人、給仕の少年の計4人でした。救命ボートで助かった4人ですが、食糧も水も搭載されていなかったために空腹を避けることはできませんでした。

それでも4人は、雨水を飲み、食べられそうなものを捕まえて食いつなぎますが、限界が近づきます。漂流19日目、遂に船長は生贄となる者をくじ引きで決めることを提案します。それは、仲間のためにその身を捧げて、食糧となるという残酷な選択でした。

乗組員たちは、はじめ提案に反対しますが、生き残る方法はそれしかない状況から渋々納得します。くじ引きで選ばれたのが、給仕のリチャード・パーカー17歳でした。彼は海水を飲んで虚脱状況に陥った後に船長によって殺害され、その死体の血と肉は仲間たちの食糧となったのです。

漂流から24日目に乗組員3人はドイツ船に救助されますが、イギリスに送還されると殺人罪で拘束されます。裁判では、本来なら法的責任を問われる行為ではありますが、極限状態の3人に違法性が問われるか議論となりました。結局、判決は異例を認めず、殺人罪の死刑を言い渡します。

しかし、有罪判決の結果に、世間から多くの同情の声が叫ばれたため、当時のヴィクトリア女王の恩赦により禁固刑に減刑される結果となりました。
これがミニョネット号事件の顛末ではありますが、この乗組員を殺して生き延びる話は、かつてポーが小説の中で描いたおぞましい場面と、まったく同じなのです。小説でも食料が底をつき、くじを引いて1人を殺し、その肉を食べたのです。

しかし、ポーの小説とミニョネット号事件には、それだけではない驚くべき類似点があったのです。小説でも現実の事件でも、犠牲となったのはリチャード・パーカー少年だったのです。同姓同名の人物が同じ状況でくじを引き、食糧となったということです。

1838年に発表されたポーの冒険小説は、46年後に、罪を犯してまで生きたい人間の執念を予言していたのかもしれません。
スポンサーリンク
スポンサーリンク