禁酒法時代に暴れまくった強盗カップル!!ボニーとクライド(2/2)

禁酒法 強盗カップル ボニーとクライド 義賊 犯罪

画像:Todd Kopriva on flickr

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反抗した義賊

バロウ・ギャングはいくらかの人員を入れ替えたり、警察に逮捕される者も出ました。クラウドの兄は警官に射殺され、その嫁も逮捕されます。それでもボニーとクライドは強盗を辞めませんでした。

その多くの犠牲者は金持ちの店の主人や警官たちでした。特に銀行強盗は多かったようです。しかし、強盗の現場に居合わせていた客たちに被害はありませんでした。それどころか紳士的な態度を取り、お客が引き落とした金には手を付けなかったといわれています。

もはやお尋ね者となった2人は、強盗を辞めるわけにはいかなくなるほど有名になります。彼らの犯行に警察は手を焼いていましたが、一部のアメリカ市民は2人の逃亡劇を支持する者まで現れます。警察の調査では、彼らに手を貸した、あるいは助けたという者は23人にも上ったそうです。

支持者たちは、2人の行為が犯罪とわかっていながらも、貧乏人を狙わず、金持ちや権力者から金を巻き上げる姿勢を称賛したのです。2人は世間に反抗する義賊という見方もありました。

しかし、このように彼らの行為は犯罪であり、また犠牲者も出ているため、許されるべきことではありません。2人の犯行年数の約4年間に、13人の商人や警官が犠牲となって亡くなっています。

2人の最期

1934年5月、情報を掴んだ警察は先回りして彼らを囲います。警官隊は無防備な彼らに短機関銃を向けて、150発以上の銃弾を浴びせます。ボニーとクライドは、車で逃亡することはできず、車体を貫通した夥しいほどの数の弾丸を浴びて亡くなります。

ボニーとクライドは不幸な境遇から犯罪に手を染めざる負えませんでした。2人は時代を代表する犯罪者として多くの議論を呼びます。また1967年にはアーサー・ペン監督によって『俺たちに明日はない』というタイトルで映画化もされます。

禁酒法時代に起こった2人の若いは、時代に翻弄された哀しき犯罪者という見方もできますが、それでも罪のない人々を殺め、金を盗み取ったことにかわりはありません。

参考サイト:
殺人博物館
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