ソ連時代の陰謀!!40年間も閉じ込められた家族の嘘!?(2/2)

都市伝説 シベリアの一家 ルイコフ一家 シベリア 陰謀論

画像:Dheeraj Dwivedi on flickr

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ルイコフ一家

ルイコフ一家は、1930年代から人里離れたシベリアのアバカン山脈で世間との関係を断絶し、40年以上に渡って隠遁生活を送っていました。こちらは夫婦2人と4人の兄妹の計6人で暮らしていました。彼らはシベリアの密林を自ら開拓し、畑を耕し、小屋を造って生活していました。

彼らが世間から隔離して隠遁生活を送るようになったキッカケは、当時のソ連への不満でした。1922年からはじまったソビエト連邦(現:ロシア)の幹部たちは、自分たちに都合のいい国家を設立するため、国民の粛清を行いました。特に影響を受けたのは、当時のロシア正教会古儀式派の宗教でした。

ソ連は宗教というものを認めず、宗教弾圧を行い、大量の信者を殺害します。ルイコフ一家は昔からロシア正教を熱心に信仰する家庭で、彼らにも弾圧の魔の手が忍び寄ります。1936年、ソ連の秘密警察にルイコフ一の家族が撃ち殺される事件が起こります。これが原因で一家はシベリアの森の中で隠遁生活をはじめるようになりました。

一家はシベリアでも人の少ない村のさらにその先の奥で生活を送ります。何もかもが自分たちの手で行わなければなりません。森を開拓して手作りの住居を構え、畑を耕し、森の動植物を食料にしていました。

彼らの生活は畑仕事と狩りが中心でしたが、それ以外の時間は聖書を読む時間に当てていたそうです。外の世界と隔絶した一家には、世界の動向など関係ありません。40年以上の隠遁生活から子供たちは、第二次世界大戦にソ連が参戦したことも知らなかったそうです。

隠遁生活は彼らにとって幸せな時期だったかもしれませんが、同時に不幸でした。過酷な生活の中で、妻は食糧不足による栄養失調で亡くなります。当時のソ連の経済状況はそれほどよろしくなかったかもしれませんが、栄養失調という危機は免れたかもしれません。

一家が発見されたのは偶然でした。1978年にシベリアの地質調査団が、未開の地をヘリコプターから観察し、地上の一部が人の手によって開拓されていることを知ります。調査隊は現地に赴き、ルイコフ一家を発見するのです。

調査団は彼らを一般社会に戻そうと試みますが、一家は頑なに残ることを選択します。結局一家は残り、1981年に栄養失調と肺炎で3人の子供たちを亡くし、父親も1988年に息を引き取ります。

残された末娘だけは隠遁生活を続けますが、ソ連崩壊後の現在のロシアで、少しずつ外界との交流をはじめたと言われています。

都市伝説

この2つの家族は同時代のシベリアで起こったとされる事件です。「ルイコフ一家」は身元がわかっていますが、「シベリアの一家」の詳しい所在はわかっていません。ここには何かよからぬ陰謀が隠されているのではないでしょうか。

たとえば、「ルイコフ一家」の話は事実で、「シベリアの一家」は都市伝説に近い偽りの話と考えることもできます。そこには当時のソ連の思惑が絡んでいます。なぜなら、「ルイコフ一家」の報道は、ソ連にとって都合が悪いからです。

「ルイコフ一家」は熱心なロシア正教の信者であり、それが原因で家族を殺された過去があります。数十年も森で生活していたルイコフ一家の発見は注目されることでしょう。しかし、同時にソ連が行った宗教弾圧の血塗られた歴史が知られる恐れもありました。当時のソ連は、国内外の情報を一切遮断していたからです。

もしも、「ルイコフ一家」のニュースが報道されれば、ソ連の行った虐殺の歴史が表沙汰となり、大きな打撃となるでしょう。そこで、「シベリアの一家」という偽りの報道にすり替えたのではないでしょうか。虐殺の歴史を無かったことにしたのです。

しかし、1991年にソ連が崩壊したことで体制は一変し、「ルイコフ一家」の真実が世間に知られるようになります。末娘はソ連崩壊後も生きていたことから国民は真実を知るようになったのでしょう。

ところが衝撃的だった「シベリアの一家」の話も人々が覚えていたため、2つの話が同時に現在まで語られたのではないでしょうか。真偽は明らかとなっていませんが、都市伝説として囁かれている話には陰謀めいた裏が隠されているのかもしれません。

参考サイト:
怪事件・怪人物
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