映画『天使と悪魔』イルミナティの陰謀論を紐解く!?(2/2)

天使と悪魔 イルミナティ 陰謀論 フランス革命 ヴァイスハウプト

画像:Smabs Sputzer on flickr

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クニッゲ男爵

イルミナティがヨーロッパで急成長した背景にはクニッゲ男爵の存在がありました。それまでのイルミナティは、危険な考えを持った一集団に過ぎませんでした。それを変革させたのが、クニッゲ男爵です。

クニッゲ男爵はフリーメイソンの会員でしたが、考え方の違いから失望し、自分の理想に近いイルミナティに新たな活路を見出そうとします。彼はイルミナティの組織力の強化と、自身の人脈から富裕層やインテリ層に呼びかけるなどして集客に努めました。彼の活躍によって、イルミナティは資金や力を蓄えて巨大化していったのです。

しかし、組織が拡大するにつれて創設者ヴァイスハウプト教授とクニッゲ男爵は対立を深めていきます。クニッゲ男爵が提案した組織作りは宗教色が濃く、これをヴァイスハウプト教授が嫌ったのです。イルミナティの考えに宗教は邪道とする考えがあったからです。

創設者ヴァイスハウプト教授と立役者クニッゲ男爵は対立を深め、遂にクニッゲ男爵はイルミナティから除名されて追い出される形となったのです。クニッゲ男爵が連れてきた人々は離れていき、ヴァイスハウプト教授は権力を誇示するようになり、次第に弱体化していったのです。

イルミナティの解散

イルミナティのような過激な思想を持った団体を体制側が黙っているわけはありません。ヴァイスハウプト教授はイルミナティ創設以前から危険視され、本格的にイルミナティが暗躍するようになると、彼に対する弾圧も激しくなります。

1784年にはイルミナティの活動禁止令が下り、会員たちは拘束され、公職を奪われる者や投獄される者などが続出します。創設者のヴァイスハウプト教授も亡命を余儀なくされ、ドイツ国内だけでなく、ヨーロッパ全体でイルミナティの弾圧が行われたのです。

バチカンではイルミナティはカトリックの教義に入らない異端と明言します。イルミナティは宗教組織ではありませんが、おそらくクニッゲ男爵の行った改革が、カトリックに似せた組織編成だったことから、カトリックに関係した組織と勘違いしたのかもしれません。

このような弾圧を受けたイルミナティは、1785年に活動が完全停止され、事実上消滅となります。

陰謀論

数々の弾圧と迫害により消滅したイルミナティですが、現代でも組織の生き残りが世界の裏で暗躍しているという陰謀論が実しやかに囁かれています。この陰謀論は、イルミナティが消滅した後のフランス革命からはじまるようになります。

フランス革命は1789年から起こった市民革命です。革命勃発の背景には、イルミナティが存在するのではないか、という噂は当時からありました。4年前までヨーロッパ全土で有名になっていたイルミナティは、当時の人々の記憶に新しかったのです。

イルミナティは従来の体制を否定する考えからはじまった組織です。フランス革命が彼らの仕掛けと考えるのは、自然の流れでしょう。またそのように事実を捻じ曲げたいと思う人たちもいたことは確かなようです。

このようにしてフランス革命からイルミナティ陰謀論は始まり、世界を裏で牛耳るイルミナティの陰謀史観は現代でも続いているのです。『天使と悪魔』もイルミナティ陰謀論を下敷きに作られたといえるでしょう。
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