戦国時代を暗躍した風魔小太郎!忍者集団から盗賊団へ!!

戦国時代 風魔小太郎 忍者 盗賊

画像:Zach Dischner on flickr

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戦国時代の武将たちは天下統一を目指してしのぎを削っていました。現在の神奈川県にあたる相模国では、後北条氏(小田原北条氏)が相州乱破(そうしゅうらっぱ)という忍者集団を結成しました。相州乱破は別名「風魔一党」と呼ばれ、その歴代首領は、風魔小太郎の名を世襲したといわれています。

風魔一党は4隊各50人で形成され、約200人が忍者集団として山賊や海賊に紛れて諜報活動を行っていたといわれます。特に風魔一党が活躍したのは、16世紀半ばの北条氏政親子に仕えていた時期です。この頃の首領が5代目風魔小太郎とされています。

小田原合戦を記録した軍記物『北条五代記』によれば、5代目風魔小太郎はその実力もさることながら、巨漢の持ち主であったとされています。身長は2メートルを超え、目は裂けたように鋭く、四本の牙を持った恐ろしい男とされています。

5代目風魔小太郎率いる風魔一党は、敵陣に忍び込み、夜討ちを仕掛けて兵を生け捕りにしたうえ、放火を行うなど、敵の不意打ちをつく作戦を行います。戦場で暴れまわる風魔一党と5代目風魔小太郎ですが、その栄華も長くは続きませんでした。

一五九〇年に、豊臣秀吉による小田原征伐がはじまり、当主は亡くなり、後北条氏の氏族は滅亡します。

これにより風魔一党と5代目風魔小太郎は行き場を失います。彼らの消息の詳しいことはわかりませんが、時代が江戸に移り変わった頃の風魔一党の残党は、盗賊にまで落ちぶれ、江戸近辺を荒らしまわったとされています。

その後、風魔小太郎率いる風魔一党は盗賊として捕らえられ、火やぶりの刑に処せられたとも伝わっています。歴史の裏方で活躍した風魔一党ですが、歴史の流れには逆らえなかったようです。
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