陰陽師・安倍晴明は平安時代の英雄!!謎に満ちた生涯に迫る!(1/2)

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画像:MAMJODH on flickr

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2001年にテレビドラマ・映画と映像化され、日本で一大ブームを巻き起こした『陰陽師』。平安時代に活躍したとされる安倍晴明を主人公に繰り広げられる伝奇物語です。この頃から陰陽師・安倍晴明という存在が一般に知られるようになりました。

物語の陰陽師・安倍晴明は、呪術で鬼やもののけに立ち向かう霊能力者のように描かれています。しかし、実際の安倍晴明は、中国に伝わる陰陽道を駆使して、京の都を守っていた一公務員でしかありませんでした。

今回は知られざる陰陽師・安倍晴明について紹介します。

陰陽道

陰陽師たちは、平安時代の律令制に基づいて作られた中務省(なかつかさしょう)の中の陰陽寮という部署に属していました。中務省とは、朝廷に関する職務の全般を担う総務部署で、陰陽寮は占術による天体観測から暦の編纂、時刻管理、気象予報、お祓いや祈祷などを行う部署とされています。陰陽寮が作られた背景には、中国が関係しています。

古来より日本では、飢饉や疫病の蔓延が問題視されていました。医療や科学の知識がまだ発展していない時代です。苦しむ人々を救うために日本が求めたのは、中国の仏教と陰陽道でした。

陰陽道は中国の陰陽五行説に基づいた学問で、5世紀から6世紀の間に日本に輸入されたといわれます。当初は、天体現象から吉凶の占い、自然観察、暦の作成と時刻管理などの学問として伝わります。その後、日本に入ってから、占術と呪術の色がより濃くなりました。

その理由は、平安時代の日本の独特の考えからです。当時、飢饉や天災、疫病の原因は、怨みを持って死んだ人間、もののけや怨霊の仕業とされていました。その影響から陰陽道は次第に、怨霊や天災を回避する呪術へと発展していったのです。その怨霊を鎮める役目を担ったのが、陰陽師でした。
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