陰陽師・安倍晴明は平安時代の英雄!!謎に満ちた生涯に迫る!(2/2)

陰陽師 安倍晴明 平安時代 英雄

画像:MAMJODH on flickr

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安倍晴明

安倍晴明は平安時代の陰陽寮に属する陰陽師として活躍しますが、その生涯は謎とされています。921年に誕生したとされていますが、詳しい生涯はわかっていません。そのため晴明が歴史の表舞台に現れるのは40歳を過ぎてからになります。

平安時代のはじめに活躍した高名な陰陽師・賀茂忠行に弟子入りし、陰陽道を学んだとされています。主に天文道を伝授されたといいます。天文道とは、日食や月食、また彗星などの動向を観察する学問です。気象の予測から天変地異に備えることから、占いの祖とされています。

安倍晴明は、この天文道に長けており、陰陽寮の中では占いの才能が認められていました。50歳には天文博士として活躍します。その後、師匠の賀茂氏が亡くなってから晴明は頭角を現すようになります。

当時の皇太子に命ぜられて、悪さをする天狗を退治する儀式を取り仕切ったり、得意の占いなどの儀式を行うようになります。また何日も雨の降らない干ばつが続くと、彼が雨乞いの儀式で雨を降らせたという逸話も残されています。

このような逸話は当時の朝廷や貴族社会で大きな話題となり、安倍晴明は確固たる地位を確立していきます。その人気は凄まじいもので、当時の歴史物語の書物にまとめられました。陰陽道を極めた彼の存在は、この頃から注目されていたのです。

その後、陰陽寮で成果を挙げた彼は、その他の官職も歴任し、師である賀茂忠行に並ぶ陰陽道の大家となります。彼の晩年の詳細はわかりませんが、84歳まで生きたといわれます。当時の平均寿命が50歳くらいのものですので、その長寿からも神秘的に映ったことでしょう。

人々の苦しみを助けることからはじまった陰陽道。それを会得し、都を救った安倍晴明は平安時代の英雄といっても過言ではないようです。
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