織田信長が恐れた戦国時代の風雲児!!松永久秀の爆死!?(2/2)

織田信長 戦国時代 松永久秀 三好長慶

画像:adam espinoza on flickr

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織田信長への謀反

しばらくして、久秀と三好家の幹部たちは仲違し、戦がはじまります。三好家幹部との戦いの中で、相手が陣を執っている東大寺に、久秀は奇襲を仕掛けます。結果、久秀が勝利しますが、東大寺は焼け落ち、大仏の頭部は破壊されました。この久秀の行動は、常軌を逸したものでした。

その後、松永久秀は、織田信長の家臣となりますが、謀反を起こします。しかし、信長の圧倒的な軍勢の前では歯がたちませんでした。降伏した久秀は信長の許しを得て、復帰します。気性の荒い信長が、一度裏切った人間を許したというのは異例ですが、それほど久秀という男に惚れこんでいたのかもしれません。

しかし、久秀は二度にわたり信長に逆らって謀反を起こします。信貴山城(しぎさんじょう)に籠る久秀は、信長が欲しがっていた平蜘蛛茶釜に火薬を詰め、それに火を放ち爆死したと伝わります。

織田信長が、松永久秀を評した三つの悪事とは、「主君への裏切り」「将軍・足利義輝暗殺」「東大寺の焼き討ち」のことでしょう。織田信長は、己の野望に狂った松永久秀を、常識にとらわれない憎めない悪人と思っていたのかもしれません。
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