バレンタインの起源は首斬り!?暗黒街の帝王アル・カポネと2月14日の虐殺とは!!

アル・カポネ バレンタイン ウァレンティヌ 聖バレンタインデーの虐殺
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2017/02/02
超常現象・怪奇事件
2月14日といえば女性が意中の人にチョコレートを贈るバレンタインです。

バレンタインは、恋愛の守護人とされる3世紀ローマのウァレンティヌス(Valentinus)から由来しています。(ヴァレンタインともいわれる)。

バレンタインデーの2月14日は、ウァレンティヌスの生誕をお祝いする日、と考えがちですが…

それは違います。

2月14日は、ウァレンティヌスが処刑された命日なのです。

そして、バレンタインデーにまつわる惨劇はこれだけではありません。

20世紀のアメリカ禁酒法時代には、バレンタインデーに血塗られた事件が起こるのです。

それは「聖バレンタインデーの虐殺」と呼ばれるアメリカギャングの抗争です。

暗黒街の顔役のアル・カポネ率いる組織が対立するギャング団を大量粛清した日なのです。

今回は、2月14日のバレンタインデーにまつわる血塗られた2つのエピソードを紹介します。
 

エピソード1:ウァレンティヌス

ウァレンティヌスは、3世紀頃のローマ帝国のキリスト教司祭でした。

この時代は、キリスト教が国に認められておらず、またローマ帝国の権威は絶大だったのです。

ローマ帝国では隣国との戦争に明け暮れ、勝利のために兵士には厳しい規律が義務付けられていました。

その中で最も酷だったのが男女の恋愛・結婚の禁止でした。

ローマ帝国は、兵士の士気に影響があるとみて結婚や妻帯を厳しく禁じたのです。

しかし、ウァレンティヌスはこの規律に異を唱えます。

ウァレンティヌスは、ローマ帝国に逆らい兵士とその恋人の結婚式を執り行ったのです。

そして、ローマ帝国から怒りを買い投獄さた後に死刑を宣告されるのです。

ウァレンティヌスは、豊穣を祝う恒例の祭りの前日2月14日に生贄として斬首されました。

異教の司祭を生贄にすることで見せしめの意味もあったと言われています。

このエピソードからウァレンティヌスは、愛を守った人として崇められます。愛の聖人として命日の2月14日を記念日とされたのです。

これがバレンタインデーの起源です。

エピソード2:聖バレンタインデーの虐殺

アル・カポネは、禁酒法時代のアメリカ暗黒街で巨大組織を率いたギャングでした。

密造酒製造から賭博までシカゴの犯罪組織を拡大させたアル・カポネは、組織内で力を誇っていましたが、あるギャングの抗争をきっかけに力を失っていきます。その事件は、1929年2月14日に起こり、後に聖バレンタインデーの虐殺と呼ばれます。

アル・カポネ率いるギャングと敵対するバッグ・モラン率いるギャングの抗争は、まさに血で血を洗う抗争を続けていました。

カポネのお気に入りのマクガーンがモラン一味から銃撃を受けます。この時、一命を取り留めたマクガーンは、カポネにモラン一味の抹殺を提案します。

マクガーンは、暗殺部隊を組織します。そして、名を伏せて酒の取引を名目にモラン一味をおびき寄せたのです。

マクガーンと暗殺部隊は、警察の制服とパトカーを準備して警官に扮して取引現場に向かいます。

警察に扮した3人と私服の2人は、現場で待っていたモラン一味を脅します。

本物の警官と思い込んだモラン一味は、抵抗もせずにマクガーン率いる暗殺部隊によって7人全員拳銃で殺されます。

この衝撃的な虐殺事件は、世界中に報道されました。あまりの卑劣な残虐行為にカポネの名は失墜しました。

2月14日は、アメリカギャング抗争史上最悪の虐殺が行われた日としてシカゴ市民の胸に刻まれたのです。

2月14日は、愛を告白する恋人たちの記念日です。しかし、その裏では聖職者の犠牲とギャングの虐殺があったことを忘れてはいけません。

参考サイト:
世界の民謡・童謡
現代事件簿