生首だけでも意識はある!?ギロチンで処刑された罪人に睨まれた!!

マリー・アントワネット ギロチン ボーリュー博士 ランギューユ
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2017/02/21
超常現象・怪奇事件
ギロチンは、2本の柱の間に吊るした刃を勢いよく落とし、下で寝かせた人間の首を切断させる処刑装置です。

ギロチンが使用されるようになったのはフランス革命中の1792年頃からとされています。マリー・アントワネットやルイ16世の処刑にギロチンが使われたことで有名です。その後、1980年代まで罪人の処刑に使われていました。

ギロチンは、鋭い刃で勢いよく首を斬り落とすことから痛みを伴わずに死ねると考えられていました。

しかし、斬首後も意識が残ってなかなか死ねないのではないか、という意見もあります。

信じがたいことに処刑に立ち会った人たちが口々に「生首に睨まれた」「眼が瞬きした」と証言したからです。

今回は、処刑された生首にまつわる奇妙な実験と逸話を紹介していきます。

ギロチン

18世紀のフランス革命以前の斬首刑は、死刑執行人が自らの手で斧を振り下ろして首を斬り落とす処刑方法でした。

時には、執行人の手が滑って罪人の首が斬り落とされず、血を噴出した罪人がのたうち回るという光景も珍しくありませんでした。罪人の首を何度も斬りつける残酷な処刑方法は問題視されていきます。

内科医で議員のジョゼフ・ギヨタンは、罪人に苦痛を与えずに死刑を実行する処刑装置・ギロチンの導入を提案します。

フランス革命のさなか1792年にギロチンは正式に処刑装置として認められるのです。ギロチンが広く一般に認識されるようになったのはルイ16世と妻のマリー・アントワネットの処刑に使われたことでした。

マリー・アントワネット

フランス革命は、王政に対する民衆の不満が爆発したことからはじまります。

王政側のルイ16世とマリー・アントワネットは革命裁判にかけられギロチンによる死刑を宣告されます。

一説によると、マリー・アントワネットの処刑は、ギロチンの刃が落ちてくるのがわかるようにワザと顔を上向きにされて刑が実行されたと言われています。

瞬きする生首

フランス革命では多くの貴族がギロチンで処刑されました。

貴族階級のアントワーヌ・ラヴォアジエもそのひとりです。アントワーヌは貴族であり科学者でした。

彼は、心臓と脳が分離された生首に意識はあるのか、という疑問から驚くべき行動に移ります。

なんと「処刑後に瞬きを繰り返し行う」と周囲に伝えたというのです。その結果、彼は、20秒近く瞬きをし続けたと言われています。

睨む生首

フランス革命でギロチンで処刑された人物にシャルロット・コルデーがいます。彼女はフランス革命の指導者を暗殺したという罪で死刑を宣告されます。

ギロチンによって斬られた生首は、彼女に恨みのあるものに頬を激しく打たれます。するとシャルロットの生首は怒りの眼差しで相手を睨みつけたのです。

それ以後、ギロチンで斬られた生首は意識が残っていると言われ、瞬きや眼が合ったなどの証言も度々出てくるようになります。

生首の実験

20世紀に入って本格的に実験が行われたのは1905年のことです。

医師のボーリュー博士はギロチンにかけられるランギューユという死刑囚に実験の協力を願います。ボーリュー博士は「処刑後に呼びかけるから瞼を開いて合図してほしい」というものでした。

ボーリュー博士は、ギロチンで斬り落とされた死刑囚の生首に対して、「ランギューユ」と強く呼びかけます。すると生首は声に反応するようにゆっくりと瞼を開いたのです。

ボーリュー博士は、まるで眠りから覚めたようにまっすぐ自分を見つめた、と後に語っています。

生首の瞼の上下運動は、3回ほど行われ、時間にして25秒ほどの短い時間で終わりました。

実験の結果、生首の状態でも数秒から十数秒ほどは意識を保つと考えられました。しかし、頭部と胴体が切り離された瞬間の強い衝撃により意識を保つことは不可能ではないかという考えも根強くあります。

生首の意識の有無は今も解明されていません。今後の調査を期待したいところですが倫理的問題から実験は難しいとされています。

参考サイト:
暇は無味無臭の劇薬
X51.ORG
陽月秘話