【日本の心霊スポット】八丈島は怨念渦巻く流刑地だった!?火葬場に放置された遺体!!

心霊スポット 八丈島 宇喜多秀家 火葬場
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怪談
画像: Thomas's Pics on flickr
東京の南方の海上に位置する八丈島。手つかずの自然が残る小島として知られ、毎年多くの観光客が足を運びます。爽やかなイメージもある八丈島ですが、その昔ここは罪人を島流しに送る流刑地だった歴史があることをご存知でしょうか。

島流しにされた罪人たちは強い怒りや憎しみを持って亡くなりました。現在でもその怨念は消えることはないといわれ、怪奇現象の数々が八丈島で起こっています。

流刑地

出典:HENTEKOE

江戸時代には、罪人を島流しにする刑罰がありました。島に送り込まれた罪人は、まず餓えに苦しみます。江戸時代の主食は米です。稲作の労働が彼らに求められましたが、八丈島は田畑を耕すような適度な土地ではありませんでした。

加えて、彼らには田畑を耕す道具も知識もありません。ほとんどの罪人は食糧難によって餓死してしまいました。

ある時、関ヶ原の戦いに敗れた宇喜多秀家(うきたひでいえ)という武士が、罪人として八丈島に島流しになりました。豊臣家五大老だった秀家は、死罪は免れたものの幽閉されたのち八丈島に島流しとなりました。

五大老まで上り詰めた秀家にとって不自由な身分や最愛の妻と離ればなれにされた屈辱は計り知れないものだったでしょう。秀家は50年以上も流刑地で過ごしたと伝わり、84歳でこの世を去ります。

盗みや殺人などの罪人ばかりでなく、こうした高貴な身分の武士たちも流されていたのが八丈島です。彼らの憎悪や怒り、また屈辱などの怨念は今も渦巻いていることでしょう。

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