今一度振り返れば冝保愛子の霊能力は凄まじかった!!晩年も衰えない霊視!?

芸能人 冝保愛子 心霊ブーム スピリチュアリスト 原田泰造
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怪談
画像: Annie Roi on flickr
1980年代から日本に心霊ブームを巻き起こした女性といえば冝保愛子さんです。2003年に胃がんで亡くなるまでテレビ・雑誌などで活動されていました。

今では江原啓之さんやCHIEさんなど多くのスピリチュアリストが活躍されていますが、タレント霊能者(スピリチュアリスト)の元祖ともいうべき人物が冝保愛子さんなのです。

霊能力の目覚め

冝保さんは1932年1月に生まれます。元から右耳が聴こえない冝保さんですが、4歳の頃に焼けた火箸が自らの左目を直撃するという悲劇に見舞われます。しかしこれが転機となります。

冝保さんは6歳の頃より不思議な能力に目覚めます。生まれつき聴力の無い右耳は霊の言葉を聞き、一時失明寸前の状態に陥った左目で霊の姿を捉えるようになったそうです。

エピソード

冝保さんがはじめて霊と交信したのは亡くなった叔母の霊でした。拭き掃除の好きだった叔母の霊が幼い冝保さんに自分のことを思い出してほしいがために濡れたぞうきんを裸足で踏みつけるように誘ったのが始まりといいます。

また冝保さんが街を歩いていると近くの蔵から炎の燃える音が聞こえてきたそうです。しかし、その蔵は燃えておらず、冝保さんにしか炎の音は聞こえていませんでした。後日、その蔵は本当に火事になります。冝保さんは蔵が燃えることを予知していたのです。

冝保さんの霊能力は交信や予知だけではありません。霊視もできました。

ある日、冝保さんのうわさを聞き付けた依頼人が消えたお金を捜してほしいと懇願します。冝保さんは消えたお金の行方を追うと依頼者の近くにいた人物が金を盗んだことを突き止めます。冝保さんにわかるはずのない事柄まで言い当てたのです。

こうした幼少期のエピソードから冝保さんは自分には人とは違う特殊な力を持った霊能力者であることを自覚し始めるのです。

タレント霊能力者

冝保さんは、不思議な子供として扱われ、また時代は戦争に突入するなど過酷な少女時代を過ごします。

ある日、病を患った冝保さんは霊能力を失います。霊を見ることも聴くこともなくなったのです。戦後の生活、貧困など生きるのに必死だった辛い環境が影響していたのかもしれません。

冝保さんはやがて普通の家庭を持ちます。結婚し子供を授かった冝保さんは徐々に霊能力を取り戻していきます。1961年にはテレビ出演し、タレント霊能力者として活動を始めるのです。

1970年代中頃には日本テレビのワイドショー番組『あなたの知らない世界』に出演したことで冝保愛子の人気は次第に高まり、後の心霊ブームとなります。

しかし、90年代からその類い稀な霊能力に疑問視する声が挙がり、批判を受けるようになります。また1995年に起こったオウム真理教の一連の事件の影響でオカルト番組は次第に衰退し、冝保さんもテレビの世界から遠ざかっていきました。

霊視

2000年代はじめ頃から冝保さんはテレビの世界に復活します。フジテレビのバラエティ番組「力の限りゴーゴゴー!!」です。番組内で冝保さんはタレントの未来予知・透視を行いました。

特にメイン司会のネプチューンの原田泰造さんと行動を共にする機会が多かったため数々の霊視を行っています。

まず原田さんの守護霊をお爺さんと指摘します。冝保さんはお爺さんが中くらい熟した柿が好きなこと、庭に6本の柿の木を植えたことを伝えます。後日、原田さんが実家に問い合わせたところ見事一致したそうです。

また原田家の内装は家具が少なく殺風景であること、変わった形の洗濯機(乾燥機付き洗濯機)があることをズバリ言い当てます。
冝保さんは未来についても指摘しました。

原田泰造さんは将来的に俳優として時代劇に出演すると予知します。事実、原田さんはNHK大河ドラマ『篤姫』(2008年)、『龍馬伝』(2010年)、『花燃ゆ』(2015年)に出演しています。冝保さんは未来の活躍を予知していたことになります。

番組内で冝保さんは悩みを抱える十代の若者にそっと寄り添いながら自身の霊能力で助言する場面が多々ありました。また冝保さんは、霊も生きた人間として扱うことを心がけていました。

恵まれない幼少期と時代に翻弄された苦労を知るからこそ人間にも霊にも優しい一面があったのでしょう。それが冝保愛子さんの人を惹きつけるもう一つの能力なのかもしれません。

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