ウィンチェスター・ミステリー・ハウスに迷い込むな!!迷宮の幽霊屋敷とは!?

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超常現象・怪奇事件
画像: HarshLight on flickr
数ある幽霊屋敷の中で有名な建物のひとつがアメリカにあります。通称「ウィンチェスター・ミステリー・ハウス」と呼ばれる建物は、屋敷にまつわる怖い話ばかりでなく、建物全体も非常に奇妙な造りとなっています。

屋敷は38年間絶えず改築を続け、屋敷の持ち主が死ぬまで続けられました。屋敷の外観は奇妙な造りとなり、内部はまるで迷宮のように部屋が入り乱れた状態となっています。持ち主が改築を続けた理由は、家族の不幸と鎮魂の意味がありました。

ウィンチェスター・ミステリー・ハウス

アメリカ・カリフォルニア州サンノゼという都市にウィンチェスター・ミステリー・ハウスはあります。屋敷は、19世紀後半に銃のビジネスで成功を収めたウィンチェスター家のウィリアム・ワート・ウィンチェスターの妻サラによって建設されました。

ウィンチェスター家は元々コネチカット州ニューヘイブンで暮らしていました。ウィンチェスター家は、西部開拓時代からライフル銃やショットガンなど製造する銃器メーカーの会社(ウィンチェスター社)として有名でした。初代社長は父親のオリバーが務め、息子のウィリアムは二代目になります。

19世紀後半のアメリカ国内では、南部と北部が黒人奴隷の解放と存続を巡って南北戦争が勃発します。またその他様々な紛争・戦争でもウィンチェスター社の銃は使用されてきました。ウィンチェスター家は、紛争や戦争で売れた銃で莫大な金を儲けてきたのです。

ビジネスで成功を収めたウィリアムでしたが、突然の不幸が家族に襲いかかります。生まれてきた長女はわずか一ヶ月でこの世を去ったのです。一人娘の突然の死にウィリアムと妻サラは嘆き悲しみますが、不幸はこれだけで終わりませんでした。

父親であるオリバーもその後に息を引き取り、ウイリアム自身も2代目社長就任後に亡くなります。残されたのは未亡人となったサラひとりだけとなりました。相次ぐ家族の不幸に耐えられなくなったサラはある行動に移ります。

霊媒師のお告げ

当時のアメリカでは交霊術なるオカルトがブームになっていました。家族を失い独りとなった未亡人のサラは、友人の薦めで霊媒師の助言を求めることにします。すると霊媒師から衝撃の事実を突きつけられます。これまでの不幸はウィンチェスター家に憑りついている怨念が原因というのです。

ウィンチェスター家は銃のビジネスで繁栄をもたらしましたが、その反面多くの人命を奪ってきたため、銃で殺された犠牲者たちの怨念に呪われている、と霊媒師はサラに告げます。さらにその怨念はサラの命も奪うと予言します。

助けを願うサラに霊媒師は、銃で亡くなった犠牲者たちを弔うための家を建て、その家を建て続けなければならないと伝えます。さらに西部開拓時代から続く犠牲者を弔うため西へ引越すように促します。

この霊媒師の助言を聞き入れたサラはアメリカ西部のカリフォルニア州サンノゼに移り住み、そこで異様とも思える屋敷を建設するのです。

幽霊屋敷

サラはウィリアムの死後に2千万ドル以上の財産を相続し、屋敷の建設費に当てます。屋敷の建設は途絶えることはありませんでした。霊媒師の助言通り、屋敷の増築を重ねます。

それはサラが亡くなる1922年までおよそ38年間続きました。毎日のように建設工事は行われ、屋敷は異様な雰囲気に包まれていきます。屋敷は日を追うごとに巨大化し、屋敷内は迷路のような造りとなります。

40の寝室と2つの舞踏室を含めておよそ160の部屋数を完備します。また50個近くの暖炉と17の煙突から3つのエレベーターまで付け加えました。

屋敷の設計には計画性が無かったため内部に歪が表れます。階段を上っても辿り着けず、天井や壁に突き当たります。ドアの扉を開けても部屋のない行き止まりの状態です。指摘すればきりがないほど奇妙な造りの屋敷ですが、サラ曰く、悪霊が入り込まないように複雑に造られたと言われています。

まとめ

サラが亡くなる1922年まで屋敷の増築は続きました。建設費を現在の金額に換算するとおよそ2万1千ドルに相当するといわれています。その費用はサラが相続したウィンチェスター家の莫大な資産で賄われました。

ウィンチェスター家の資産は、銃のビジネスによって得たものです。しかし、それが銃で殺された者たちの供養になるとは何とも皮肉な話かもしれません。

参考サイト:
あやしい書簡箋
ぶふぉぶろぐ

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