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2017/12/15
猟奇事件
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サイコパス アンドレイ・チカチーロ 旧ソビエト ウクライナ共和国 KGB
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連続殺人鬼

1978年、最初の殺人が行われます。炭鉱の専門学校の教職に就いたチカチーロ氏は、女性に暴行を加え、首を絞めて殺します。死体を袋に詰め、川に遺棄します。この時の殺人の興奮が彼を次の殺人へと駆り立てます。

最初の事件は、チカチーロ氏は逮捕されませんでした。ずさんな捜査が行われ、無実の男性が逮捕されます。激しい尋問に耐えられずに男は犯行を自供し、殺人犯として銃殺刑に処せられます。事件は終わったかのようにみえましたが、真犯人は次の犠牲者を狙っていました。

その後、チカチーロ氏は次々と殺人を繰り返していきます。成人女性や子供など犠牲者は増え続け、時には成人男性までも狙うようになります。

一連の事件の被害が拡大したことから捜査チームが組織された1984年にチカチーロ氏は逮捕されます。彼の挙動を怪しんだ私服刑事に逮捕されますが、証拠不十分のため殺人を立証することはできませんでした。別件で逮捕されるもすぐに釈放され、次の殺人へと走ります。

ソ連

ソ連での連続殺人事件の捜査が遅れた要因には、情報制御がありました。一般人や諸外国に対して国の内情を一切公表しないというものです。そのため殺人事件が起きてもその情報は公開されず、目撃情報なども少なかったのです。

またソ連では、徹底的な官僚主義が続いていました。官僚主義とは、規則を重んじ、上司の命令や権限を絶対視する考え方です。これでは自由に捜査はできません。

また上司の命令で、早く事件を解決しなければならないとき、十分な捜査は行われませんでした。そのため無実の人間が犯人にされるという冤罪も少なくなかったようです。これが、事件解決を遅らせ、連続殺人鬼を野放しにしてしまっ原因でもありました。

当時の様子を窺えるのが、ソビエト連邦の連続殺人事件に関しての公式見解です。

『連続殺人事件は資本主義社会の弊害であり、ソビエト連邦ではこのような連続殺人など存在しない』

これを政府から言われれば、捜査員たちは連続殺人事件を立証することは難しくなるでしょう。なぜなら、上司の命令は絶対だからです。

当時のソ連は資本主義国であるアメリカと敵対していました。この公式会見は、自国の素晴らしさを強調するために言ったと思われます。しかし、このような上司の命令が、現場の捜査員たちを混乱させ、事件解決を遅らせたことは言うまでもありません。

KGB

釈放されたチカチーロ氏は殺人を続けます。犠牲者は増え続け、捜査員たちはお手上げ状態となります。そして遂に、ソ連のKGB(ソ連国家保安委員会)が動き出します。KGBの国内部門が事件解決に動き始めたのです。

ソ連時代末期になると国内の官僚主義や情報制御も次第に改善されていきます。公開された情報から市民の聞き込みや調査が開始され、連続殺人鬼アンドレイ・チカチーロ氏は遂に逮捕されます。

あまりの異常な犯行に精神鑑定などが持ち出される騒ぎとなりますが、その最中1991年にソ連は崩壊します。すべてが国内外で露わとなり、チカチーロ氏の連続殺人事件も大きな話題となりました。

結局、精神鑑定は認められず、チカチーロ氏は52件の殺人罪の有罪判決が下され、死刑が宣告されます。1994年、銃殺刑により57歳の生涯を終えます。

まとめ

アンドレイ・チカチーロ氏の異常な犯罪は許されるものではありません。連続殺人の犯行動機は、報われなかった時代のせいでも、生い立ちでも、身体的な欠陥も関係ありません。すべて彼の身勝手な行為によるものです。

また捜査がしっかり行き届いていれば、救われた命もあったかもしれません。いくつかの偶然と時代の流れが、大きな事件へと拡大させてしまったのではないでしょうか。
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