【怖い童謡の歌詞】『通りゃんせ』に隠された怖い都市伝説

童謡 通りゃんせ 野口雨情 山角天神社
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2018/02/05
都市伝説
「通りゃんせ通りゃんせここはどこの細道じゃ~」というわらべ童謡は、横断歩道を渡る際に鳴るメロディとして聞き馴れている人も多いかもしれません。実は謎多き童謡として詳しいことはわかっていません。

『通りゃんせ』の歌詞が成立したのは、江戸時代という説もあれば、明治・昭和に活躍した詩人の野口雨情という説もあります。はじめて『通りゃんせ』がレコード化され、作詞欄に彼の名が記載されています。

また江戸時代に歌詞の成立されたとしても、その発祥地にも諸説あります。埼玉県川越市の三芳野(みよしの)神社、あるいは神奈川県小田原市の山角天神社から生まれたとも言われています。

ちなみに、詩人の野口雨情の生誕地の北茨城市には『通りゃんせの像』が国道6号線沿いに、小田原市の山角天神社には通りゃんせ発祥の地として歌の碑が、それぞれ設置されています。

遊び方

通りゃんせの遊び方は、2人の子供が向かい合って両手を繋ぎながら上に挙げてトンネルを作ります。他の子供たちは歌いながら一列になり、そのトンネルをくぐっていきます。歌い終わるとトンネルの手は下ろされて一人の子供が挟まれます。その子供が次のトンネル役となる遊びです。

この奇妙な歌詞と遊びから囁かれるいくつかの都市伝説があります。いずれもトンネルに挟まれることは、死を暗示していると言われています。そこには、通りゃんせの歌詞にあるように「行きはよいよい帰りはこわい」という恐ろしい意味が隠されているのです。

都市伝説

両手を挙げたトンネルは関所を表していると言われます。江戸時代は幕藩体制でした。徳川家を武士の頂点としながら、各地の諸大名はそれぞれの領地を独立して支配していました。そのため人々は簡単に生まれ故郷から移動できませんでした。

他の土地に赴く際は必ず手形が必要となり、それぞれの土地に設けられている関所を通過しなければなりませんでした。関所は、今でいう検問所であり、通過するには非常に厳しい手続きが必要でした。通りゃんせは、この関所の怖さを歌で子供たちに伝えていると言われています。

手形が取り寄せないほどの緊急の用事の際に、稀に関所で強く懇願すれば通れることもあったそうです。しかし、用事が済んで戻ろうとすると関所は手形が無い限り絶対に通してはくれません。そして、手形なしで通過したことが知れれば極刑という残酷な決まりがありました。

おそらく、手形が無いために関所の役人に金を渡して行きは通れましたが、帰りは別の役人が見張っているため通してくれなかったのでしょう。仮に通した役人を問い詰めても金を貰ったことがバレると恐れて知らん顔されたとも考えられます。

手形のない無謀な通過はそれほど危険な行為ということを子供たちに伝える意義が、通りゃんせには込められていたのかもしれません。時代が巡って歌詞だけが、今も残っているというわけです。

まとめ

通りゃんせは他にも疫病の怖さを歌っているとも言われます。歌が終わってトンネルに挟まれた子供は犠牲者という暗示です。疫病で命を落とすことは誰にもわかりません。その不条理さを遊びの中に取り入れて、疫病の怖さを伝えていたのかもしれません。しかし真実はどれもわかっていません。

今回紹介した説はあくまで有力説です。童謡の解釈は、まだ諸説あります。

これは都市伝説の一つの考えとしてみてください。