オーストラリアの最恐スポット!シドニー湾に潜む数百体の幽霊!?

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怪談
画像: paul bica on flickr
オーストラリア南東に位置するシドニーは、2000年に夏季オリンピックの会場にもなった都市です。都市開発の盛んなシドニーは、2017年アメリカのシンクタンクが発表した世界都市ランキングで世界16位の高評価を得た街としても有名です。これは経済・政治・文化の面から重要な都市として位置付けられた結果です。

華やかな都市ではありますが、そんなシドニーにも身も凍る恐ろしい心霊スポットが存在します。それはオーストラリア最恐スポットとも言われるマンリー検疫所です。残念ながら現存する建物はありませんが、建物跡の場所に、今も数百人もの亡霊たちが目撃されているとも言われます。

今回は、煌びやかなシドニーの都市に実しやかに囁かれる伝説と共に最恐スポットを紹介していきます。

マンリー検疫所

イギリス人が最初にオーストラリアの大陸に乗り込んだのは1788年です。それまでは先住民アボリジニ―が旧態依然の生活を送っていましたが、イギリス人による植民地支配によりオーストラリアは急速に近代化されていきます。その最初の入植の地がシドニーとなります。

次第にヨーロッパの人々もオーストラリアに移民し始め、19世紀に入ると西洋人の街並みが目立つようになり、町や市が出来上がっていきます。ヨーロッパから新たな大陸オーストラリアに希望を見出す人々がこの地を発展させていきます。

しかし、西洋人の入植が盛んになれば、ヨーロッパで流行している疫病がオーストラリアに持ち込まれる心配がでてきます。それを防ぐために設けられたのが、マンリー検疫所です。マンリー検疫所は、今のシドニー湾沖に建てられました。

検疫所とは、海外からの感染症や病害虫を国内に持ち込まれたり、あるいは持ち出されるのを防ぐ機関施設です。ヨーロッパ各所から渡航してきた西洋人を、この場所で検査していました。

しかし、当時のヨーロッパからの渡航は、数ヶ月の月日を経てオーストラリアに到着するという非常に長い期間を要しました。その間万が一、船内で疫病が蔓延すれば、乗客、乗組員たちに逃げ場はありません。それどころかオールトラリアへの入国も危ぶまれます。

このような不幸が、まだ医学が発展していなかった時代に襲い掛かり、何百人もの移民がマンリー検疫所で隔離されました。彼らは入国することも出国することもできずに死を待つ地獄のような日々を送らなければならなかったのです。

現在では、マンリー検疫所はシドニー湾国立公園として跡形もありませんが、新大陸を夢見て死んだ人々の無念は、死後も幽霊となってこの地を彷徨っていると言われています。

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