あなたは騙されない自信ありますか!?人間を知り尽くした大妖怪・九尾の狐!!

妖怪 栃木県
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2018/07/30
怪談
九尾の狐の出現は、中国神話が発端であり、時の支配者たちが記した書物などに度々登場します。その際の扱われ方は様々で、泰平の世の守り神だったり、革命を唆す霊獣だったりします。時には、美女に化けて国を滅ぼそうとする悪しき妖怪と記されることもあります。

中国・朝鮮・日本とアジア全土に伝わる九尾の狐には、その時代、その土地によって伝承され続けているのです。

今回はアジア全土に広まる九尾の狐の伝説を紹介します。

九尾の狐

紀元前4~3世紀頃に書かれたといわれる中国の地理書『山海経』(せんがいきょう)から九尾の狐と思われる記述があります。そこには、「狐の姿をしているが、九つの尾、虎のような爪で、人を喰らう獣」として登場します。今頃から九尾の狐は、中国の瑞獣(ずいじゅう)と呼ばれるようになります。

瑞獣とは、この世の動物たちの長とする神獣です。龍や鳳凰がその代表格ですが、九尾の狐も中国の瑞獣たちのなかに数えられるようになります。瑞獣たちは、中国の泰平を司る神のようなものです。九尾の狐も守り神や幸運の神のように扱われます。「九尾の狐を見た者は王になる」という伝説もあるほどです。

九尾の狐の評価が一変したのは、殷(いん)王朝が滅ぼされ、周(しゅう)王朝が成立して以降からです。そこには、殷王朝の崩壊を招いたとされる時の権力者の妃・妲己(だっき)が関係しています。古代中国の文献『封神演義』(ほうしんえんぎ)などには、妲己は九尾の狐の化身と記されています。

妲己となった九尾の狐は、殷の支配者を操り、贅沢の限りを尽くしたとされます。また、逆らう者たちを焼き殺す刑罰を考案し、自身の思うままに国を支配していきます。その様子を見かねた者たちが反乱を起こし、殷は滅びて新たな王朝が誕生します。その後、妲己は処刑されます。

しかし、九尾の狐は死なずにインドに渡って、華陽婦人という別の女の姿となって王国を支配したと伝わります。そこでは残虐な行為が行われ、僧侶たちを獅子に食い殺させたといいます。見かねた高僧が読経をはじめると、その正体を現して逃げたという逸話も残されています。

朝鮮と日本

朝鮮半島にも九尾の狐と思われる九尾狐(クミホ)と呼ばれる妖怪の伝説が残されています。白骨に小便をかけた男性が、美女に変身した白骨に食い殺されますが、その白骨の正体が九尾狐でした。九尾狐は人間になることを望み、1000人もの男を食い殺したと、伝説ではいわれています。

日本に九尾の狐が伝わったのは12世紀前後の平安時代後期からで、玉藻前という女官に化けて鳥羽天皇に近づいたという伝説があります。宮廷を乱した玉藻前は陰陽師の安倍康成によって正体を暴かれ、那須野に追い詰められた九尾の狐は巨大な毒石となって人間や動物たちの生命を奪っていきます。これを殺生石と名付けられます。

その後、高僧らが殺生石の毒牙に挑み続け、遂に玄翁という僧が破壊に成功しますが、殺生石は各地へと飛散したと伝わります。現在でも栃木県那須町では、殺生石があった場所を公開しています。九尾の狐はその伝説を基に、能や歌舞伎の演目となって後世の日本でも語り継がれるようになります。

はじめ、九尾の狐は瑞獣として人々に崇められましたが、それが国を滅ぼす霊獣として扱われるようになったのは、痛ましいことです。九尾の狐の真意はわかりませんが、アジア全土で、狐は人を欺く動物として恐れられているのは確かなようです。