【世界の都市伝説】現実の事件から生まれた都市伝説その2「だるま女」(2/2)

都市伝説 だるま女

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呂雉(りょち)

「だるま女」の都市伝説は根も葉もない作り話であり、現実に起こった事実はありません。ただし、この都市伝説が生まれたキッカケとなる人物は存在します。それが、漢王朝時代の呂雉(りょち)です。

呂雉、またの名を呂后(りょこう)とも呼ばれ、漢王朝の初代皇帝である劉邦(りゅうほう)の正妻です。劉邦は貧しい家の生まれでしたが、時の政権に逆らって反乱を起こします。妻であった呂雉も命を狙われる立場となりますが、内助の功もあってか劉邦は皇帝の地位まで上り詰めます。

いくつもの修羅場を潜り抜けてきた呂雉でしたが、夫である劉邦が亡くなった後に、最大の危機が訪れます。それは、自分の息子である劉盈(りゅうえい)の地位が脅かされる心配でした。

夫の劉邦は女性好きだったため、数多くの側室を抱えていました。特にかわいがられていた側室が、戚夫人(せきふじん)でした。戚夫人と劉邦の間には劉如意(りゅうにょい)という子供が生まれます。劉盈の心強い助っ人になると期待されていましたが、呂雉はそれを許しませんでした。

夫の劉邦の死後、呂雉は力を強めます。自分以上に愛されていた戚夫人の嫉妬や、劉如意に息子の地位が脅かされるかもしれないという恐れから親子の暗殺を企てます。

二十歳にも満たない劉如意は毒殺によって暗殺され、戚夫人は両手両足を切断されたうえに、両目をくり抜かれ、耳を焼き落とされ、口もきけない状態で便所に放り込まれます。最期は「人豚」と垂れ幕を掲げて見世物として晒されます。狂気に満ちた呂雉の姿に、息子である劉盈は心を病み、早くに亡くなったと言われます。

呂雉が戚夫人に行った両手両足を切断する残忍なエピソードは、中国の有名な刑罰として有名になります。「だるま女」の両手両足を切断された女性が見世物にされるという話も、この戚夫人をモデルにしているのかもしれません。

ちなみに、主人公の男性がだるま女を目撃する旅行先には、よく中国が出てきます。しかし話によっては、アジアの未開の地というだけで、特定の地域を指定しない場合もあります。

「だるま女」の都市伝説は、当時海外旅行が珍しかった時代に、日本人の海外に対する野蛮なイメージが先行して作り出した話なのではないでしょうか。
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