死刑執行は一族の稼業!?マリー・アントワネットを処刑したムッシュ・ド・パリ!!(2ページ目)

マリー・アントワネット 死刑執行 ムッシュ・ド・パリ ルイ16世
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都市伝説
画像: GS+ on flickr

死刑執行人となったきっかけは強い愛!?

「ムッシュ」とはフランス語で、男性につける敬称です。「ムッシュ・ド・パリ」は「巴里殿」または「ミスター・パリ」といったオシャレなパリ男性をイメージする方もいると思いますが、実際は違います。

ムッシュ・ド・パリとは、フランスの処刑人の頭領に与えられる称号です。

15代続いた内の6代はサンソン家の当主が務めてきましたが、元は処刑人とは無縁の裕福な家柄でした。

しかし、初代当主のシャルル・サンソン・ド・ロンヴァルが結婚した娘は、死刑執行を生業とする身分の低い家柄でした。

自分の身分が落ちるのもいとわず、彼女への想いを成就した彼は、ムッシュ・ド・パリとなります。これにより、サンソン家は代々死刑執行を務める家系となったのです。

ルイ16世を処刑!!

そんなサンソン家の中で、もっとも有名な人物は4代目当主のシャルル=アンリ・サンソンです。彼が処刑したのは、ルイ16世やマリー・アントワネット、ダントン、ロペスピエールなど有名な貴族ばかりでした。

この時代は、フランス革命の真っ只中でした。彼は貴族をギロチンにかけるムッシュ・ド・パリを務めていました。

その一方で、シャルルは人格者としても知られていました。死刑執行の職を嫌うほどの死刑廃止論者でもあったのです。しかし、結果として約2700人もの死刑を執り行います。

彼が死刑廃止論者になったきっかけは、貴族のデュ・バリー夫人の処刑にあると言われています。かつて2人は恋仲であったようですが、貴族である彼女は、革命軍によって死刑の対象となっていました。

シャルルは革命軍側の人間として、愛する彼女に死刑を執行しなければならなかったのです。この辛いエピソードから、死刑廃止論者になったと言われています。革命の残酷な側面を思い知らされたのでしょう。

最後の死刑執行人

最後のムッシュ・ド・パリとして知られるのは、2008年まで存命だったマルセル・シュヴァリエです。

フランスでは1981年に死刑が廃止され、彼が1977年に行った処刑が最後となりました。以降、ムッシュ・ド・パリは空位となっています。この最後の処刑に用いられた道具もギロチンでした。

ギロチンはルイ16世によって作られた!?

1792年にジョゼフ・ギヨタンによって取り入れられたギロチンは、余計な苦しみを与えないことから、人道的な処刑装置として登場します。

ギロチンに関しては諸説ありますが、ルイ16世の提案により、刃の形が改良されて完成に至ったと言われています。奇しくもそのギロチンで自分が処刑される事となるのは皮肉な話です。

ちなみに、ギロチンという名称は、ギヨタンの名前に由来します。よくある逸話では、彼もギロチンで処刑されたといわれていますが、まったくの誤解です。

ギヨタンは医療の分野で活躍し、当時としては長寿の75歳で病死しています。

参考サイト:
NAVERまとめ
Wikipedia
世界史の窓
武将ジャパン

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