怨念しかない人形のはじまり!!殺された子供たちの供養から生まれた!?

てるてる坊主 達磨 こけし 供養
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2019/01/31
怪談
普段、何気なく見かけたり、お土産で購入した人形。女性なら幼いときに人形遊びなどしていた方も多いのではないでしょうか。

人形には昔から思いもよらない、とても怖い由来があります。人を象った「人の形」には、それなりの恐ろしいエピソードと、そこに込められた怨念が宿っているのです。

今回は、あまり知られていない、人形について紹介していきます。

四肢の無い異形のダルマ

選挙事務所などに置かれたりするダルマ。当選すると墨で目を入れます。この儀式は、ひとつの縁起物のような役割を果たしています。選挙のニュースが流れるとき、テレビでよく見かける光景です。

これは実存した達磨大師がモデルになった人形です。達磨大師は、中国で9年間、壁に向かって座禅を続ける荒行に挑みます。

最期は身体も腐り、手足が取れて丸い体形になりました。それが日本に伝わってから、縁起の良い達磨大師にあやかって、形のまん丸いダルマの人形が生まれたのです。

ダルマ人形にまつわる悲しい逸話に、「ダルマ村」というのがあります。

その昔の日本の村落では、手足の無い女性は働けませんでした。畑を耕す仕事や家事は難しいからです。そこで、村落内の娼婦となって生き延びたのです。

8月8日のダルマの日に、村の権力者だけが集まり、神社でその女性と性行します。その後、一切の食物から水も与えず、女性をミイラ化します。それを神格化させて祀るという残酷な風習もあったそうです。

村人たちは、その女性に宿る「四肢が無くても生きる生命力」にあやかって長寿を祈願したとされています。
 
出典:TANAKA Juuyoh (田中十洋) on flickr

坊主の首をはねて吊るす

明日が晴れますように、と願って吊るす、てるてる坊主。遠足の前の晩などに作った覚えのある方もいるのではないでしょうか。

かつて雨が止まない時、能力に評判のあったお坊さんが祈祷しました。しかし、雨は降り続き、殿様は怒ります。祈祷に失敗したお坊さんを罪人として首をはねたのです。

そのお坊さんの首を白い布で巻いて吊るしたところ、翌日雨はあがり晴れ渡りました。

これは、てるてる坊主の由来のひとつとされています。てるてる坊主は、殺されて吊るされたお坊さんの頭の代わりを担っているということです。

童謡『てるてる坊主』の三番の歌詞にこのエピソードの名残がうかがえます。

「てるてるぼうず てるぼうず 明日天気にしておくれ

それでも 雲って 泣いたなら そなたの首をチョン切るぞ」

こけしは殺された子供たちの怨念

出典:MAG2NEWS

こけしの由来については諸説あります。そのひとつが、親たちの罪滅ぼしから生まれたというエピソードがあります。

その昔、東北の寒村で飢饉に陥った時、家族の人数を減らすために、やむなく生児を殺すという間引きが行われていました。その供養に親たちが作ったのが、こけしでした。こけしは漢字で「子消し」とも書けます。

『死の壁』(新潮社)の著者である養老孟司さんは、本のなかで、こけしについて興味深い一文を載せています。東北の村で出会ったある男性のお婆さんは、産婆をやっていました。

お婆さんの話では、産気づいた妊婦の家に行くと、床に枕屏風がありました。それがもし、逆さになって置かれていたら「産まれた子は直ぐに息を止めて殺して下さい」という意味でした。

それは、飢餓に困った親が生児を殺してほしい、という間引きの合図だったのです。

お婆さんは、引退するとき『罪を重ねて来た手』として、家族に頼んで腕を切り落とさせました。

養老孟司さんは、その家の仏壇に両腕のないお婆さんの仏像を見たそうです。それが、こけしの形とオーバーラップして見えたと著書では結んでいます。

こけしの顔はほとんど無表情です。それにはまた別の逸話がありました。かつて雪山に我が子を捨てた母が、哀しみからこけしを作りました。そのこけしは笑顔で作られたはずでした。

しかし翌日、こけしは怒った顔に変わっていました。何回も作り直すも、元の怒った顔に戻ります。やがて、その女性は、身ごもりました。産まれてきたのは、あの怒ったこけしの表情そっくりの子だったのです。

そのショックからなのか、女は死んでしまいました。それ以来、こけしの顔は「無表情」に作るようになったそうです。

参考サイト:
Japaaan
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