140人の子どもが生贄に!?虐待よりも残酷な末路をたどる運命とは!!

虐待 子供 生贄
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2019/02/01
超常現象・怪奇事件

郵便で小包配達!!

かつてのアメリカでは、20世紀初めまで子供の体重が規定に合えば郵便物と同じように郵送することが可能でした。

またアメリカの都会で暮らす人々は、幼児をケージに入れて窓の外に出し、日光浴をさせていました。それは見ようによっては、「檻に入れらて虐待されている子」と見ることもできるでしょう。

日本でも一昔前の農村では、子守をしていられない忙しい時に「つづら」と呼ばれる藁で編んだ大きな籠に子どもを入れていました。

年齢も微妙に違う子どもを何人か入れっぱなしにしていたので、下敷きになって幼児が窒息死する事故もあったようです。

中世ヨーロッパでも同じような扱いがありました。当時の絵画には、袋に入れられた赤ん坊が、柱にクギで吊るされる姿も描かれています。子どもを「モノ」扱いする考えに驚きが隠せません。
 
出典:イミシン

殺されるか、売られるか!?

その昔、度重なる飢饉は日本の村々を襲い、多くの死者を出しました。

飢饉によって食料に困れば、最初に処分されるのは子どもたちでした。山奥に捨てられたり、生きたまま深い穴に放り込まれて放置されることもありました。もっとも残酷なのは、首を絞めて殺してしまうことです。

産まれた子が直ぐに死んでしまう確率がとても高かった時代。七歳になるまでの幼い子供は「半分あの世のモノ」という考えがありました。

そこから親が子どもを殺すことを「子返し」と言います。これは、あの世に子を返す、という意味です。親にとっては、その考えで罪悪感から逃れることを望んだのでしょう。

また人身売買の業者が、村に子どもを買いに来ることもありました。女の子は遊郭などに売られますので、男の子より高値がつきました。

そんな事情から東北のある村では、女の子を産むと「おめでとうございます」とお祝いの言葉がかけられたそうです。また男子が増えても田畑の面積に限界のある村では、数を減らしていたといいます。

こちらが「子返し」を表現した絵馬の図です。
出典:YAHOO!ブログ

集団生贄140人を捧げた儀式

15世紀の南米ペルーの古代チムー王国では、人類史上最も大規模な生贄の儀式が行われました。140人の子ども達と、200頭のリャマ(ラクダに似た動物)の子が殺されました。

原因は、エルニーニョ現象により不漁や不作が長く続いたことです。成人を生贄に差し出しても好転せず、別な生贄が必要と考えられました。遂には、5歳から14歳くらいの子ども達を生贄にすることになったのです。

自分たちにとって貴重である存在を神に差し出すことで、恩恵を受けられるというのが、南米の古代王国に共通する生贄に対する考え方でした。

この遺跡が発見されたのは、今から550年ほど前の事です。生贄にされただけでも悲惨な話ですが、遺骨を調べると、子ども達は胸骨を切断され、生きたまま心臓を取られていました。

子ども達を殺したのは、そうしたことに手慣れた人間であることもわかっています。残酷さ、残忍さに驚くばかりです。

参考サイト:
イミシン
NIKKEI STYLE
Ameba
子返しの図
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