学校は社畜養成所!?集団生活がコミュニテー依存を引き起こす!!

学校 社畜 集団主義 コミュニケーション依存
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2019/02/21
都市伝説
日本は世界から「社畜大国」と見られています。

社畜とは、会社に飼われた社員(サラリーマン)を意味する造語です。自分の意思は無く、ただ奴隷(家畜)のように働かされている光景は、外国人から見れは異様な光景でしょう。家畜と会社を併せて生まれた言葉が、社畜です。

GDP世界第3位の経済大国で豊かな国であるはずの日本。しかし、なぜこんなにも社畜といわれる人間がたくさんいるのでしょうか。会社の仕事に忙殺され、時間や体力を消耗している人は、あまりにも多いように思われます。

日本人は先天的に勤勉で真面目な国民です。しかし社畜と呼ばれるほど、経営者に従順な国民性とは違います。実はこれほどまでに従順な人間が多いのは、後天的に学校教育によって育てられたともいわれているのです。

今回は、日本人が社畜化した都市伝説を紹介します。

集団主義が社畜人間を作り出す!!

出典:yamauchi

日本は、クラス制をはじめとして、同一カリキュラム、小学校の登下校、学校行事の準備、強制参加の部活など全員で何かをする機会があります。

それぞれの性格や悩みも違えば、メンタルの強さや課題も異なります。しかし、個人の意見は軽視され、集団の意見のみが尊重される教育が行われています。会社もこの集団主義の延長線のようなものです。

たとえば、みんなが残業していれば、仕事がなくても半強制的に残業しなければなりません。また、みんなが行くからという理由で、行きたくもない飲み会に行くなど、空気を読まなければならない状況もあります。

考えれば、理不尽な日常に溢れています。しかし、日本の教育で集団主義による「無言の圧力」に慣れてしまっているため、理不尽なことでも「みんながやっている」という理由で受け入れてしまいます。

過剰なコミュニティ依存

日本の小中高では、クラス制が導入されています。朝から晩まで同じメンバーと授業を受け、お昼ご飯を食べ、学校行事では協力し合い、まるで家族のような生活を強いられます。

このクラス制には「生徒の視野を狭くさせる」という狙いがあるようです。四六時中、同じメンバー、同じ先生となりますので、クラス内の人間関係が濃くなるのは当然です。友達も作りやすくなるでしょう。

しかし、あまりにも閉鎖的な空間はいじめを誘発します。被害者はどこにも逃げこむ場所がありません。それをわかっている子供たちは、嫌いな人間とも仲良くし、場合によってはいじめをする立場にならざる負えなくなります。

会社でも同じです。会社にいる時間がとても長く、人間関係も濃くなります。気づけば、会社や仕事が全てになっているサラリーマンも少なくないでしょう。

すべては幼少期の教育や環境によって、本人が気づかない間に洗脳されていきます。この過剰なコミュニティ依存は、学校教育のプログラムによって、知らずしらずのうちに教え込まれているのです。

そして、広い視野を持たないまま「井の中の蛙」で一生を終えてしまう日本人もいます。職場という狭いコミュニティに依存すれば、他の選択が考えられなくなるのも不思議ではありません。

過労死による自殺はまさに、この「コミュニティ依存」の弊害といえるのではないでしょうか。「自殺する前に辞める」という選択肢すら見えなくなるほど視野を狭くさせられているのです。

この視野を狭めた要因が学校のクラス制にあるといっても過言ではないでしょう。

政府や企業に都合のいい社畜!!

この「集団主義」や「コミュニティ依存」の最大のメリットは、労働者をコントロールしやすいという点です。国家や企業は、こうした国民を育成しようと考えたのでしょう。

どこの国でも同じですが、経営者は労働者に一生懸命働いてもらいたいのです。そのためには、経営者の言いなりになってくれる従順な労働力である社畜が必要でした。

義務教育によって、全員同じ意見や価値観に統一させ、一つのコミュニティに依存させてしまえば、経営者は労働者をコントロールしやすくなります。そうした目的が戦後の学校教育にはあったのかもしれません。

しかし21世紀の日本では、社畜精神は通用しません。戦後の荒れ果てた日本を立て直すためには、コントロールしやすい国民が必要だったのでしょう。しかし経済が行き詰った現在では、もはや必要ないでしょう。

学校教育や働き方は変わりつつあります。「社畜」が持てはやされた時代は終わりを告げているのです。

参考サイト:
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