美しすぎる女性諜報員マタ・ハリ!!ダンサーから華麗なる二重スパイに変身!?

マタ・ハリ スパイ ダンサー 第一次世界大戦
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2019/03/01
超常現象・怪奇事件
妖艶な姿で男たちを虜にしたマタ・ハリ。

女性スパイの代名詞として有名な彼女ですが、その生涯は運命に翻弄された悲劇のヒロインでもありました。スパイ教育を受けたわけでもない、元はただの女性教師でした。その後、ダンサーとして活躍します。

彼女の運命を変えたのは、戦争でした。第一次世界大戦で、否応なくスパイとなったマタ・ハリは、フランスとドイツの二重スパイとなったのです。
今回は、世界的に知られる女性諜報員マタ・ハリについて紹介します。

女性教師からスパイとなった女!!

マタ・ハリはダンサーの芸名です。本名は、マルガレータ・ヘールトロイダ・ツェレという、オランダ人です。彼女はインド出身という話もありますが、それはダンサーデビュー時の触れ込みで生まれた嘘の経歴です。

実際は、彼女はオランダで、4人兄弟の長女として生まれます。父親が実業家であったことから何不自由のない生活を送っていました。しかし、父の事業は失敗し破産、そして両親の離婚などの不幸が襲います。

それでも懸命に生きた彼女は、幼稚園の教師になりますが、学長のセクハラに悩み辞職します。19歳の時に、21歳のオランダ軍将校と結婚し、2児を儲けます。しかし、7年後に離婚、子供は元夫が引き取りました。

その後、マタ・ハリの芸名でダンサーの職を得ます。そのエキゾチックな容姿から、インドネシアのジャワ島出身という触れ込みでデビューします。彼女のダンスは、インド風の見よう見まねの独特のスタイルでした。

半裸の姿で踊るマタ・ハリはたちまち社交界で有名となり、その評判からイタリアのミラノの劇場で公演を果たすほどの人気ぶりでした。そんな彼女に男たちは魅了されていきます。

スパイとなったマタ・ハリ

出典:Amebaブログ

1914年に第一次世界大戦が勃発します。この頃のマタ・ハリはダンサーとしての傍ら、高級娼婦の一面を持ち、フランス軍やドイツ軍の将校を相手にしていました。ここから聞き入れた情報を双方の将校に伝えていたのです。

彼女が、フランスとドイツの二重スパイとなった経緯には、生活に困っていたからといわれています。戦争によって客足が遠のいたため、諜報活動という危険を冒さなければ負えなくなったのです。すべては金のためです。

どちらの情報も入手できる二重スパイの道を選んだマタ・ハリは、ドイツでは「H-21」の暗号名で活躍していました。ただし、非常に低い地位のスパイだったことから、その活動内容は明らかにされていません。

政府の責任を押し付けられた!?

末端のスパイにもかかわらず、マタ・ハリは大罪を着せられます。

1917年、マタ・ハリはフランス諜報局によって身柄を拘束されます。ドイツの通信をフランスが解読したことから、「H-21」の正体がマタ・ハリとバレてしまったのです。

そして彼女が二重スパイであることが明るみとなってしまいます。裁判では、彼女の裏切りでフランスが窮地に立たされていることを理由に、死刑判決が下ります。

当時、戦場下のフランスは敵国に追い詰められていました。被害の大きさから、責任の所在が問題視されていたのです。そこでフランス政府は、敵に軍事情報を渡したマタ・ハリに責任をすべて押し付けます。

政府にとって二重スパイのマタ・ハリは好都合だったのでしょう。原因が彼女にあれば、政府や軍人は責任逃れができるからです。こうしてマタ・ハリは、フランスを窮地に追い込んだ悪女として葬られることになったのです。

戦争の犠牲者

第一次世界大戦は、結局のところ連合国側のフランスが勝利を収めました。しかし、戦争が終わったのは1918年です。その前年にマタ・ハリは銃殺刑に処せられ、この世を去っています。

彼女が戦時下でどのような諜報活動をしたのかわかりません。しかし、生きるため否応なく二重スパイの道を選び、最期は裏切られるという悲劇に見舞われたのです。

いつの時代でも、戦争の犠牲になるのは、弱い立場の者たちのようです。

参考サイト:
武将ジャパン
Amebaブログ