オカルト研究家の吉田悠軌さん!!朴(ホオ)の木の祟り!!枝祓いした者は悲惨な死を迎える!?

とうもろこしの会 吉田悠軌 朴の木 祟り木
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怪談
画像: tourist_on_earth on flickr
オカルト研究家の吉田悠軌(よしだゆうき)さん。オカルトマガジン編集長であり、怪談サークルとうもろこしの会を自ら立ち上げて会長を務めています。
オカルト全般に精通する吉田さんは、イベントやテレビ・ラジオなどに出演し、取材したオカルト情報を披露するなど、活動の幅を広げています。

オカルトライターとしては『月刊ムー』の連載をしています。また近著には、『一行怪談』(PHP文芸文庫)、『禁足地巡礼』(扶桑社新書)、『恐怖実話怪の残像』(竹書房文庫) などがあります。

今回は、朴(ホオ)の木の話を紹介します。それは2017年10月5日に、阿佐ヶ谷ロフトAにて開催された『バンブーホラーナイト』で吉田悠軌さんが語った怪談です。

朴(ホオ)の木の呪い

JR東日本、中央本線にある甲斐大和駅(かいやまとえき)のすぐ近くに構える諏訪神社。山梨県甲州市大和町初鹿野にある諏訪神社の本殿の裏にある御神木の朴(ホオ)の木は、地元では祟る木として有名です。

朴の木のある位置は、ちょうど駅、中央本線のすぐ脇にあります。そのため枝葉が線路内に侵入する恐れがあります。通常であれば、線路内にまで伸びた枝葉は、電車事故の元になるので、枝祓いをして侵入を防ぎます。

しかし、この甲斐大和駅では枝祓いは行わず、線路内に鉄骨の屋根を作って線路への侵入を阻止しています。その理由は、過去に枝祓いや朴の木に関係した人々が次々に謎の死を迎えるという不可思議な出来事が起こったからです。

次々に死んでいく

明治36年に中央本線が開通します。当時は国鉄(日本国有鉄道)が運営し、初鹿野駅(はじかのえき)という名称でした。(後に甲斐大和駅と改称)駅に隣接する諏訪神社の朴の木に祟りがあることは、地元民ならば誰もが知る事実です。その発端となった事件が、明治40年の端午の節句でした。

神社の南にある12軒の集落で柏餅が振舞われます。柏餅は柏の葉で餅を挟みますが、この集落では柏の葉が手に入らず、代わりに朴の葉を用いることになりました。それが御神木の朴の木でした。

朴の葉で包んだ餅を使用した集落は、2軒の家を残してすべての家が全滅します。死亡の原因は、赤痢やコレラの可能性もありました。しかし、その年の大水害によって残り2軒の家も流され、集落は消滅します。これは朴の葉の祟りではないかとして、近隣住民からは恐れられるようになりました。

枝祓いした人が死亡

昭和28年、朴の木は線路側に飛び出すほど成長します。電車事故の危険もあることから、枝祓いをします。あくまでも、線路側に飛び出てた枝だけの伐採でした。

枝祓いは、関係する電力会社と国鉄の職員などが作業します。また地元の実力者の方を神主役で祈祷してもらって5人が枝祓いしました。その後、枝祓いしたほぼ全員が、3年以内に死亡します。

関係者2人は電車に撥ねられ死亡し、また電力会社の人間は急病で亡くなります。そして地元の実力者は、鱒の養殖場の生け簀で謎の溺死体となって発見されました。残りの1人は辛うじて命は助かりましたが、電車の事故で大けがを負います。

それ以来、朴の木は祟り木として地元で恐れられるようになります。枝祓いもできないことから、枝葉が線路内に侵入しないように鉄骨の屋根で防止しているそうです。

祟りの犠牲者がもうひとり…

吉田悠軌さんが朴の木の取材をしているなかで、ある女性の体験談を聞きます。その女性は中学時代に朴の木の呪いを目の当たりにしたと言うのです。

彼女が中学生の時、夏休みの終りに塾の講師と一泊二日の旅行をしました。アルバイトの大学生講師と2人で長野県の上高地まで旅します。

旅行から帰りの電車の中で、彼が朴の木の祟りの話をしました。怪談好きだった彼女は、その話に興味を持ちます。2人は中央本線の甲斐大和駅に途中下車しました。

朴の木のある神社に到着した彼女は、朴の木の祟りが本当なのか試してみたくなりました。おもむろに枝から葉を取った彼女は、彼に向かって、
「ねぇ、これ食べてよ」

彼女は強い口調で命令します。

「ねぇ、食べてよ!!私が好きなら食べてよ!!」

はじめは断っていた彼ですが、彼女の頼みに屈して朴の葉を口に含みます。すると途端に眼の動きがおかしくなりました。

「ダメだ…もうダメだ…帰ろう、帰ろう」

2人は甲斐大和駅のホームで電車を待ちますが、たまらず彼は駅のトイレに駆け込みます。それから数分トイレの中に籠ると、突然ドアを強く叩く音がホームに響き渡ってきます。

異常に気付いた駅員がトイレに向かおうとします。その時、あまりの恐怖に彼女はその場から逃げ出してしまい、電車に乗って1人で帰りました。
その後、彼は行方不明となってしまいました。塾にも来ず、連絡も取れない状態となったのです。

吉田さんは、その後の彼について彼女に訊ねると、

「多分死んでるわね」

そう答えるだけでした。

現在でも地元の人は朴の木の祟りを恐れています。またJR職員がこれ以上の事故が起きないように、定期的にお神酒を捧げているともいわれています。

全国各地にある祟りの現場。興味本位で遊びに行くことも、若気の至りであることでしょう。しかし、この朴の木だけはやめたほうがいいでしょう。これが本音です。

もっと朴の木の詳しい話を知りたい方は、『恐怖実話怪の手形』(竹書房文庫)をご覧ください。
出典:Amazon

参考サイト:
YouTube
びりあお!
Ameba

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