人柱伝説はホントにある!?猿供養寺から発見された座禅姿の僧侶!!

猿供養寺 神社仏閣 人柱 初瀬井路
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画像: Kentaro Ohno on flickr
日本には古来より人柱という風習がありました。堤防や橋などの建造物が災害によって破壊されないように、神様に祈りをささげる目的で、人間を差し出してきました。

日本では、死んだ人の魂は神様に近しい存在、と考えられていました。死んだ人の魂は守り神として祀られるのです。建造物に死者の魂を宿らせると末永く守られる、と信じていました。

死者の魂を建造物に宿らせる方法が、建物などを立てる近辺に生きたまま人間を埋めるという人柱だったのです。

人柱の遺体が発見された!?

有名な伝説の話では、猿供養寺(さるくようじ)の人柱が挙げられます。新潟県上越市にある猿供養寺は昔から地すべりが多い土地でした。その土地を救うため、僧侶が自ら人柱となったという伝説がありました。

昭和12年に村人がお寺の裏の土を掘り返したときです。そこには座禅姿勢の40代くらいの男性の骨が埋まっていました。それが人柱伝説の僧侶である可能性が出てきました。

現在では人柱供養堂が建てられ、毎年7月には人柱となった僧侶の供養が村人たちによって執り行われています。
 
出典:いたくら観光ガイド

初瀬井路の人柱伝説

伝説は昔話となって子供たちに語り継がれます。大分県に伝わる初瀬井路(はつせいろ)の人柱伝説もそのひとつです。これは豊後国(ぶんごのくに)に伝わるお話です。(豊後国は、現在の大分県)

豊後国の挟間村の土地は水の流れが悪く、農作物が育ちませんでした。慶安2年(1650年)、その年は特に不作で、村では飢餓や争いが絶えませんでいた。

困り果てた村長は殿様にお願いをして、水路の工事を許してもらいます。しかし、水路を作ろうとすると、何度も大雨が降って、その度に建設途中だった水路は崩れてしまいました。

そこで、村人たちは陰陽師にお祓いを頼むことにしました。陰陽師はお祓いをしようとしましたが、この土地は強い霊がいるからお祓いはできないと言います。

陰陽師は村人たちに提案します。

「霊を静めるためには、人柱をささげないといけない」

生贄にささげなければ、村は滅びてしまいます。村人たちは、誰を人柱にするかと悩みましたが、答えは出ませんでした。最後に、陰陽師と村長が話し合います。

「縦じまの着物に横じまの伏せ布を当てた子を人柱とする」

村人が条件に当てはまる娘を探すと、「お初」という可愛らしい娘がいました。お初は前の年に父親を亡くし、母や幼い弟・妹と支え合いながら生きてきた娘です。

人柱になることは、母親もお初も反対します。しかし、村のため、村人のためにお初は人柱となりました。

水路の傍に掘られた大きな穴にお初は入りました。お坊さんがお経を読む中で、お初はどんどん土をかけられていきます。お初が人柱となってからは工事が進み、崩れることはなかったといいます。

現在、お初が人柱として埋められたとされる水路は舗装されています。しかし、道路から見える奥の盛り土の部分はまったく人の手が入っていません。もしかすると、そこにお初は埋められているのかもしれません。

参考サイト:
おんせん県おおいた!ちゃんねる
NAVERまとめ
いたくら観光ガイド
Ameba
初瀬ものがたり

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