東京や京都は風水都市だった!?大都市計画のウラに陰陽道アリ!!

風水 安倍晴明 陰陽道 四神相応
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2019/05/08
都市伝説

風水の本質は街づくり

風水と聞くと、西に黄色いものを置く、玄関にモノを置きすぎないなど、室内のレイアウトに関することを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

しかし、国内で流行しているこれらの風水は本来の風水ではなく、家相術や九星気学といった占いをアレンジしたものなのです。本来の風水とは、地理学や天文学とも関わりが深いもので、歴史的に都市計画などに活用されていました。

特に長く日本の中心であった京都の街は、風水によって作られ、発展してきたといっても過言ではないでしょう。

今回は、知られざる風水の世界について紹介していきます。

陰陽道は風水!?

風水は中国で紀元前10世紀よりも前の大昔に発祥し、1300年代には完成したといわれています。日本には奈良時代に伝わり、中国とは別の形で独自に発展したといわれています。

平安時代には、その日本独自の形がほぼ完成していました。それが呪術的な要素の強い陰陽道です。映画「陰陽師」の主人公である安倍晴明は平安時代の風水の大家として有名だった人物なのです。

京都平安京は風水都市!!

出典:wkc Chen

平安時代に作られた平安京は風水学の影響を強く受けているといわれています。風水には「四神相応」(ししんそうおう)という重要な考え方があります。四神とは玄武(北)、青龍(東)、白虎(西)、朱雀(南)を指します。

この四神に沿って北に山、東に川、西に道、南に湖や池がある場所に都を建てると発展するというのが「四神相応」の基本的な考え方です。北に舟岡山、東に鴨川、西に山陰道、南に巨椋池があった当時の京都は実際にそのような作りになっています。

安倍晴明をはじめとする陰陽師たちが発展させた風水都市でした。その後京都は、長い間日本の中心として栄えることになりました。

日本の風水都市

実は、日本には「四神相応」の考え方にぴったりと当てはまる都市が他にもあるのです。その代表格が東京都です。江戸時代、徳川家康が江戸に拠点を移した時、南光坊天海という部下のお坊さんが、風水の知識を駆使して江戸の街を設計したといわれています。

他にも京都を参考に設計された札幌市も地理的に「四神相応」に当てはまる作りになっています。

風水都市は迷信か?

風水で栄えた都市を紹介してきましたが、これを単なる偶然や迷信として切り捨てる方もおられるでしょう。風水にそのような力は無いと考える方もいると思います。

しかし、四方が山、川、道、湖に囲まれた立地は、非常に安定的で、人間が住みやすい条件が揃っていました。飢餓や疫病に悩まされた時代では、安心して暮らせる土地こそが、人間に活力を与えたのかもしれません。

紹介した都市以外にも風水の考えを取り入れた地域は数多くあります。現在の日本の繁栄は、陰陽師たちが行った風水の力によるものかもしれません。

参考サイト:
LIFULL HOME'S
京都魔界コラム
ゆかしメディア